表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/123

土曜日、自宅から

 日を跨いで土曜日。


 まだ日も明けないうちに肌寒さで目覚め、雨音に気づいた。窓を閉じても眠気が飛んでしまい、居間にあるテレビをつけて茶を煎れようと湯を沸かす。



「……現象】は世界的に発生していますが、その被害者が犯罪を行っているということでしょうか?」



 流れていたのは討論系の番組らしく、【地下迷宮】での犯罪について論じていた。


 フリップに書かれているリストには物品や金銭の強奪や転売による詐欺行為、女性に対しての性的な犯罪、殺人を含む暴力行為が並ぶ。この並びは調査上の発生頻度らしい。

 まぁ、目撃者もほとんどない。物証も残らない。被害者が死ねば記憶が残らない。犯罪を知るのは加害者だけになる。

 思い浮かんだ老人の顔を、お茶を飲んで洗い流す。


 テレビでは最初に発生してから二ヶ月と言われているが、実際にはその前から起きていた可能性も示唆していた。

 そういえば重篤患者から計測機や酸素マスクを外す犯罪が多発した時期があった。家の中が一人になって、こうやってぼんやりとテレビを見ていた頃だ。

 死者は出なかったが極めて悪質な犯罪だとニュースが流れていたのを思い出す。

 その後状態が緩和した患者が若干いて、そこから【地下迷宮】で倒れている夢を見たという話を得たらしい。


 眉唾物だと騒ぎ立てるコメンテーターを見ながら、少し納得していた。

 重篤患者を快癒させるには至らなかったため、無自覚な程度に軽い症状の人間を対象に変えたのだろう。

 無意識に指に挟んでいたタバコに気づき、そこから至り得る重篤症状を連想する。禁煙を強制するような体験が苛立ちを呼んだが、顔をしかめてタバコを箱に戻した。


 通勤通学者が【誘引】被害者の大部分を占めることから通勤通学を制限するべきだという論旨にすり替わるのを聞き流し、ふと思いついて立ち上がった。



 通勤通学のない今の時間帯であれば、他人と遭遇する可能性は更に低くなるだろう。



 そんなことを考えて押し入れから背負い鞄を取り出し、どうせ数日はかかるだろうと台所の棚に置いたままにしていた保存食を詰め込む。玄関から革靴を持ってきて、室内で履くのもどうかと思いとりあえず横に置いておく。


 寝袋がなかったことに、最初に【誘引】された時点で買っておけばよかったと思っても無い物は仕方ない。代わりに薄手の毛布を畳んで詰める。タバコの箱を脇のポケットに押し込み、他に必要なものがあるかと考えて縁側に敷かれたままのブランケットが目についた。



 当然、それを使う人も猫もそこにはいない。

 それでもそれを取り上げることに躊躇いを感じながら手に取ると、匂いが鼻に染みてくる。

 巨大化した野良猫の鳴き声が聞こえた気がした。


 匂いのように消えないうちに会いに行けという、死んだ野良猫からの報せだ。

 それを伝えるために【地下迷宮】に現れて、ヒャーヒャーと鳴いていたのだと思えてくる。



「……くそったれ」



 しかしそれはもう二度と会えないのだという意味にも思えて、悪態が溢れた。

 思い出すのはうちの中でも好き勝手に振る舞っていた姿と、縁側で野良猫をあやしていた姿ばかり。それが死んでいる姿など、考える気にもならない。


 代わりに過ぎった寝姿を閉じ込めるように、ブランケットを背負い鞄に押し込む。

 溢れ出る苛立ちを抑えるために残りの茶を飲み干し、冷蔵庫を開いた。

 タッパーごと冷凍され続けている甘エビを掴み、背負い鞄のブランケットに包む。


 おそらく向こうで野良猫と再会することはないだろうが、墓前には好物を供えるものだ。それが嫌なら食うために出てくればいい。

 それで野良猫が釣り出せれば、その野良猫が釣り出すための餌になる。



「もっと飛びつくようなものがあれば持っていくんだがな」



 革靴を履き、背負い鞄を背負って金属板を手にとる。

 何一つ固執するものがなく、野良猫以上に気まぐれで好き勝手に生きていた姿。

 それをもう一度見つけ出すため、金属板に指を添えて【地下迷宮】へと赴いた。



週末なので次の話は一時間後に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ