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野良猫の縁側3


「でっかいですけど、可愛いですね。名前とかあるんでしょうか?」



 自身より大きな猫でも、寝息を立てている姿なら恐怖よりも可愛さが勝つらしい。

 眼鏡がないために睨むようにしている中野姉が縁側へと近づいていくのを見ながら、タバコをしまって辺りを見渡す。


 当然のことではあるが、巨大化した庭のようなこの場所には出口になりそうな扉はない。

 仕方ないので踏み石によじ登り縁側から家へと上がっていくと、猫がしがみつく布の匂いがした。

 梨とも蓮ともつかない匂いは随分と薄れていて、薄汚れた埃っぽい臭いに紛れてすぐにわからなくなる。


 後をついてきた中野姉がシャツの背中を掴むまで、呆然としていたらしい。



「大きくても可愛いですよねぇ。な、撫でたり……できますかね?」



 寝顔に見惚れていたと思われたらしい。それをスルーして、居間を抜ける襖に目を向ける。

 薄れていく匂いを取り戻したくて鳴いていたのだと共感して舌打ちしそうになった。


 無理矢理口を引き結び、取り憑いている中野姉をそのままに歩き出す。



「……多分石像だから寒いんだろうよ。奥に行けば他の布があるかもな」



 そんな風に適当な理屈を捏ねて、見上げるようなちゃぶ台の横を歩いていく。


 ここは他の【地下迷宮】とはだいぶ違う。

 閉鎖された空間ではなく、まるで野良猫の記憶を映し出しているように思えて、部屋の中を見回してみる。


 隣の部屋との間にある障子にコピー用紙を重ね貼りして誤魔化してあることも、ちゃぶ台の裏に子供の頃に貼ったシールが残っていることも。部屋の隅に置かれた小棚に積まれて日に焼けた推理小説も。経年の歪みにタバコの焦げがついた床板も。

 細かく覚えていないようなことに至るまで、まさにそのものなのだろう。



「……俺よりよく覚えてやがるな」



 呟いた言葉が聞こえたのか、ぱたりと尻尾が床を打つ音がした。


 匂いが濃く残っている二階に行くには身体のサイズが小さくて無理だろう。しかし普段の行動も再現されているのなら手近な部屋に脱いだ上着でも放っているだろうと、中野姉の手を借りて居間に抜ける襖を押し開いていく。


 猫の手は借りれないが、ここに案内して貰えただけで充分だった。

 だからせめてもの礼に匂いが残ったものを探してやろうと思っていたのに。




「……なんでだよ」




 目の前にある、駅構内の案内板に怒りが湧いた。


 怒鳴り散らしたくなる気持ちを押さえ込み、懐にしまっていた金属板を取り出す。周囲には当然、案内板を見ていたり乗り換え通路を歩いている人がいる。

 それでも金属板の集中線部分の突起を最小にすれば被害も少なくなるだろうと、身勝手な理屈を捏ねて両手を添えた。


 見渡すと緑と赤で螺旋状に塗装された連絡通路程度の広さの道にいた。見える範囲には誰一人いない。



「おい! 聞こえるか! 聞こえるなら何とか言え!」



 こだましていく怒鳴り声に、うるせぇよ聞こえねえだろうと内心で悪態をつく。

 しかし、どれだけ待っても鳴き声は聞こえてこない。

 場所が違うせいなのかと思い、金属板で帰って他の場所でも試してみる。

 しかし何度やっても縁側には出ることが出来ず、猫の鳴き声も聞こえてこなかった。



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