野良猫の縁側
碁盤目状の石壁通路から地下墳墓に入り、たどり着いた外の風景を一言で言えば、ジャングルだった。
身の丈ほどもある草が周囲を覆い、見上げればどこまで伸びているのかわからないほどに聳えた木々。その幹は両手を広げても十人はかかりそうなほど太い。
「ヒャー」
それでも招く声は止まず、中野姉と目を合わせても選択肢が増えることもない。
「……行くしかないか」
「虫とかでないですよね? クモとかいないですよね? トカゲとかヘビとか……」
不安を吐き出さないと落ち着けないのだろう。そのせいでこちらまで不安になってくる。
草を掻き分けながら、ヘビに襲われないかと恐れつつ進む。しかし聞こえてくるのは中野姉の不安を増す呪いの声と、こちらを招く鳴き声だけ。
虫の音も鳥の声もしない。
考えてみればこれまでに【地下迷宮】で虫を見たことがない。いや、人間以外の生物はこの声が初めてだろう。これが猫だとすればだが。
そんな風に少し警戒が緩みながらも、無事に草を抜け出せた。
見えたのは大きく平たい石。そこからさらに上がれる場所には木造の舞台が広がっている。
最も目を引いたのはそこに鎮座した巨大な石像。まるで大仏のように胡座をかいており、足回りは大きな布で覆われている。背後で支えにした両腕と上半身を覆うのは石ではなくワイシャツだ。そこでは中野姉にはないものが大きく主張しているが固さは同じくらいだろうと予想する。
その上にある頭部に視線を向けると、タバコが吸いたくなった。苛立ちに任せて握り締めたタバコの箱がひしゃげた感触が伝わっても、石像の頭部を睨んだまま動く気も起きない。
「……ヒャー」
その巨大な石像の後ろから出てきたのは、こちらの身の丈以上もある黒猫。その動きに釣られて見ていると、まるでそこが玉座であるかのように胡座の上にあがり丸くなり、一声鳴いた。
「ヒャー」
まるで手にしたタバコの箱を咎めるように。
「ちょっと見ない間に随分と育ったもんだな。どんだけ甘エビ食ったんだ?」
タバコの箱をそのままに苦笑いと共に返した言葉に、黒猫は鼻先の白い部分をぺろりと舐めた。




