【誘引】7回目15
再び取り憑いた怨霊を振り払い、しかし追い払うこともできずに背後をついてくる音を聞きながら歩く。
こちらが気絶している間にどういう妄想に耽っていたのかは知らない。
その聞きたくもない妄想と事実を混同していたらしい。
「何も見てない。聞いてない。忘れてください。あなたは何も覚えていない」
怨霊は小声で囁き続けており、その圧はかつてないほどに強い。後頭部や背中の痛みが怨霊に呪われているせいに思えてくる。
それは周囲の石壁のせいもあるだろう。なだらかに下っていく狭い石の通路は地下墳墓のようだ。
「ヒャー」
聞こえてくるこの声を追って、碁盤目状に分岐路が連なる場所からこの場所に移動していた。まさか松明風の照明が届かない暗がりに、這って進める程度の穴があるとは思いもしなかった。
幸いだったのは俺も中野姉も過剰な脂肪がなかったことだろう。俺は多少腹が擦れたりもしたが、中野姉は全くかするところはなかった。それもあって圧が強くなったのだが、俺に当たるのは理不尽だろうと思う。祟られそうなので何も言えずに、振り向きもできないが。
地下墳墓のような石積みの壁と床に囲まれながら、時折そんな風にして隙間を抜けるように招かれる。
甘エビ好きな野良猫の声だという確信はない。そもそもあいつは死んでいるはずだから、違う何かである可能性が高い。だが【地下迷宮】という異常な場所では、その可能性も否定はできない気もする。
どちらであれ招いているという事実は変わらず、こちらを惑わせることなく声は聞こえてくる。
「何も見てない。聞いてない。忘れて…………ずっと聞こえてくるあれ、なんなんでしょうね?」
半ばbot化していた怨霊が、ふと疑問を漏らした。
怨霊に幽霊だと教えたらどうなるのかという疑問も浮かんだが、まだ正体を確かめてもいない。
軽く肩をすくめる程度に返して鳴き声がした方に向かうと、下り階段の先に草の生茂る外の景色が見えた。
久しぶりに目にする緑はとても綺麗なものに見えて、目を奪われながらそこへと向かう。
「なんだこれ……?」
外の景色に、思わずそんな言葉が漏れた。