【誘引】7回目14
「ヒャー」
胸元にある毛玉を撫でる感触に目を覚まし、そちらを見ようとして頭を上げようとした。
それがきっかけとなって打ち付けた後頭部から激痛が走り、俺の上で固まっていた壁を押し除けながら悶絶する。
腫れているだけで骨が折れてはいないらしいのを確認ながら、涙目で辺りを見ても見慣れた野良猫の姿はどこにもない。
代わりに偽りの山を抱きしめて俯きがちに座っている中野姉がいた。周りに見えるのは石で出来た床と壁。かわり映えしない風景からは未だに抜け出せていないようだ。
「ふへ……でゅふへへへ……」
奇妙な音に目を向けると音源は中野姉だった。どうやら笑っているらしいが、よだれも理性も垂れ流しになったような顔をしているので見なかったことにする。
泡壁だったものは周りの石壁と同化し、手をついても飲み込まれることはなかった。
後頭部だけでなく背中も痛めているらしい。ゆっくりと立ち上がり、他の道に耳をそばだてる。
「ヒャー」
その一方から呼びかけるように掠れた声がした。
痛む身体を堪えつつ、そちらへと歩き出そうとして別の音が耳に潜り込む。
不快感を覚えながらそちらをみると、まだ中野姉が笑いながら座っていた。
「……ガスで脳がやられたのか? 元々か?」
「ふひゅへへ……、へっ? な、なんですか! あ、あれ以上はダメですよ!? も、もっとちゃんとムードとか、それにこっちにだって準備とかあるんですから、あ、でも男の人って我慢できないって言うし……」
正面に立ち目の前で手を振りながら問いかけると、一瞬反応を返したが再びおかしなことを語り出した。
「……おいていくか」
「ふひゃへっ!? ちょ、まってください!」
正気をなくした中野姉は餓死するまで彷徨うことになるだろう。そう思いながら沈痛な気分で目をそらす。
連れ歩いてまた壁に傷をつけて泡壁ができたら共倒れだ。残酷なようだがやむを得ない選択だ。
そう思いながら背を向けて歩きだそうとする。
「ま、待って! 抱くだけ抱いて捨てるとか最低ですよ! 初めてだったのに!」
「やかましい! 聞こえが悪いし知りたくもねえよ!」
「ヒャー?」
「捨てないでぇぇぇ!」
すがりつくようにして腰にしがみついた中野姉を振り解くこともできず、催促するように鳴く声に向かって引きずりながら歩き出す。
「お願いだから捨てないでぇぇぇ!」
「うるせぇ! 聞こえねえから黙れ! あと自分で歩け!」
「ヒャー……」
野良猫の声が呆れているように聞こえるのはたぶん気のせいだ。