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【誘引】7回目11

 中野姉のどうでもいい主張よりも意識を奪ったのは、その手にしているものだった。

 十得ナイフ。缶切りや栓抜きなどを含めた雑多な小道具がひとまとまりにされた手のひらサイズの小さな金属。それには当然名前通りにナイフも含まれており、薄暗い明かりを弱く照り返していた。


 シャツを摘んでいない手にいつから持っていたのか。背後にナイフを持ってついてきたのかと思うと、背筋が寒くなる。

 しかしそのナイフで行われたことは背筋を冷やす程度では済まず、これから息も絶え絶えになるのだと容易に理解させられる。


 泡壁を這い回っていた老人の行動を思い出す。その異様さが先行しているが、彼は意図的に泡壁を発生させていた。

 壁や床をナイフで傷つけることで。



「お前……そのナイフで、何をした?」


「なんで姉……え? 曲がり角で目印をつけるのに使ってました。何回目の分岐路かわかれば辿りやすいじゃないですか」



 役に立つでしょうと切っ先をこちらに向ける中野姉に、怒りと呆れと絶望を感じる。それをぶつけたくても、そんな場合ではない。

 振り返って分岐路へと走り、道の奥へと携帯のライトを向ける。



「あ、ここにも跡がありますよ。十二回目に右手からこっちに曲がってますね」



 ついてきた中野姉が壁をなぞりつつ自慢気に語るのを、携帯のライトを右側の通路に向けることで答える。



「……ヒャー」



 どこかから漏れた隙間風のような音は、言葉にならない本心だろうか。携帯のライトが照らす、ゆっくりと動いている壁を見つめることに意識が取られて、それがどこから出た音なのかもわからない。

 それでも正面の道と左側の道を照らして、左側が埋められていないことを確かめる。



「ちくしょう! くそっ! クソォッ!」



 中野姉のナイフを持っていない方の手を掴み、左側の道へと走る。背後でうろたえる声がしてもかまっている場合ではない。

 通り過ぎれば戻れない分岐路と、通路を塞いでいく泡壁の組み合わせは最悪だ。

 清掃用機械と壁に挟まれた時のことを思い出し、圧死という言葉が脳裏に過ぎる。

 死んだら記憶が消えるとわかっていても死にたくはなかった。



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