【誘引】7回目6
逃げるものを追うという動物的な本能によるものだろうか。
反射的に追いかける行動をとり、呼びかけながら分岐路をいくつも越えていく。何故か全く逃げるのをやめようともしない相手に苛立ちを覚え始めたが、相手は出口もわからない【地下迷宮】に閉じ込められた女だ。
いきなり男が現れて追いかけて来たら逃げても不思議ではない。刃物を持って突進して来た鈴木とは違うらしいと少し安堵したが、世の中の大部分は異常事態に陥ったからと言って鈴木や老人のように他人を殺そうとはしない筈だ。むしろ迷わず殺しにくるやつなど滅多にいないと信じたい。
石壁の分岐路をデタラメに折れ曲がること十数回。落ちていた一円玉を蹴り飛ばし、また甲高い音が響いて足を止めた。
障害物競走のようなことをしてもほとんど距離が縮まらず、徐々に冷静さを取り戻した結果は、酸欠になりつつむせるという形で現れた。
幻覚でも見せられていたのかという思いと追いついてどうするという思いが、冷静になった思考にバカバカしさを感じさせる。
落ちていた一円玉を財布に戻して、このままでは本気で禁煙させられかねないと舌打ちを漏らした。
追い回していた女もどこかで見たような気さえしてきて、ますます幻覚だったのではないかという思いが強くなる。
酸欠のせいで耳鳴りや幻聴までしているのだろう。甲高い音に紛れて子猫が鳴くような、ヒャーンという音まで断続的に聞こえてきた。もしかしたらガスにやられているのかもしれない。
目眩がしているような気がして仰向けに寝そべると、冷えた石の床が思いの外心地良かった。
色々と吹っ切れた気分になりタバコを咥えて、ライターを取り出す。爆発しようがどうでもいいと思いライターに火をつけようとした瞬間。
壁が俺を踏みつけた。




