【誘引】7回目5
使い捨てライターの点火部分に押しつけた指が、歯車状に痛みを訴える。
それを回転させて火をつければガスに引火して自分が吹き飛ぶかもしれないと理解した上で、咥えたタバコに近づけていく。目の前で爆発が起きれば即死するだろうか。
手の震えを感じながら目を閉じて点火しようと力を込める。
鼻をつくのはカビのような臭いと猫のションベンのような臭い。空調設備のないこの【地下迷宮】では耳に聞こえるものは自分の呼吸音くらいで、一円玉が弾かれたような甲高い音はとても響いて聞こえた。
「……あ?」
目を開けて石壁に囲まれた通路の先へと顔を向ける。転がっていった一円玉が何故また弾かれる音を立てるのかと考え、自分以外に誰もいないというのが思い込みだった可能性に至る。
松明を模した蛍光照明は薄暗く、通路全てを照らすには弱くて端々に暗がりがある。
タバコを吸うために他人をも爆死させる覚悟はしておらず、汗ばんで硬直しかけた手を剥がすようにしてライターをポケットへと戻した。
「誰かいるのか?」
立ち上がって一円玉があるはずの暗がりに向かって声をかけても、返事はない。老人が身を潜めているのかと恐ろしい想像を振り払い、ゆっくりと分岐路を覗き込む。
しかし見えたのは変わらない石壁の通路だけで、一円玉もない。ふと思いついて携帯のライトで照らしてみても同じだった。
その道へと入るとこれまでと同様に背後が石壁へと変わる。更に進むとまた同じような分岐路。
そこからそれぞれの道を携帯のライトで照らすと、一円玉が光を返した。
そして、俺が後をたどって来たことに気づいたのだろう。
「ひっ」
息を飲むような高い声を残して、その先の分岐路へと走り去っていく人影が見えた。女だ。
「おい!」
その姿を見失うまいと、後を追って分岐路を越えた。
次の話からは、また毎晩1時の投稿になります。