【誘引】7回目2
しばらくの間、どうにか現実に戻れないものかと金属板を弄り回して悪あがきを行った。結果としては再び悪態をつくだけに終わり、とりあえず手近な通路を目指して歩いている。
選択肢が全くない一本道も困り物だが、選択肢が多すぎるのも困ったものだ。どちらにしても出口を探して彷徨うことには変わりないのだが。
「教授に呪われたか?」
先程【地下迷宮】に置き去りにした老人を思い出す。オカルト趣味と揶揄したが、それは冗談であってほしい。
周囲の造りからして確率は低いだろうが、老人に再会する危険性も考えながらようやくたどり着いた通路を覗き込む。
松明のように添えられたオレンジの蛍光照明が薄暗く通路を照らす道は、すぐに分岐路になっていた。目を凝らせば碁盤目状のように一定の距離で分岐している。
とりあえず最初の分岐路で枝道の様子を見ようと中に入り、背後からの明かりが途絶えたため振り返る。
「……嘘だろ?」
目の前にある石壁に手を触れてみると、少し冷たくて硬い感触がある。叩いても押しても動く気配は全くない。
どうやらこの石壁の区画は一方通行になっているらしいと理解して、へたり込んだ。
どうやって道を塞がれたのかはわからないが、泡壁のような現象や通路構造の改変が起こるのが【地下迷宮】だ。戻れない道なんていかにも【地下迷宮】らしいオブジェクトじゃないかと、自分を納得させようと言い聞かせる。
「……これ、行き止まりになったらどうしようもなくないか?」
それでも簡単にリスクが思い浮かび、心が折れそうになった。
閉じ込められて窒息死を待つリスクを少しでも減らそうと、携帯のアプリでマッピングをしながら次の分岐路にたどり着いた。
歩いた距離に応じてペイントされる描画ツールで、【誘引現象】に巻き込まれた人が開発したらしい。現実に帰ると履歴データが飛ぶため共有はできないらしいが、こういう入り組んだ場所では心強いアプリだ。
まず選んだのは単純に右折して右折するルート。そうすれば【誘引】されたコロッセオのような場所に戻れるだろうと考えたが、俺はまだ【地下迷宮】というものを甘く見ていたらしい。
真っ直ぐな道を同じ距離だけ逆方向へと向きなおって目にしたのは、コロッセオどころか延々と伸びた道。
等間隔に分岐路があるのも全く同じ造りの道だ。認識できないだけで上下しているのかと思いながら、多少不安混じりに元の場所に戻れるのか確認しようと更に二回右折を繰り返した。
描画ツール上で同じ場所に戻って来たが、コロッセオに出られる場所はどこにも見えなかった。同じ道に見えるだけで別の場所に出ているのかも知れないと、壁でも削って目印にしようかとも思ったが、泡壁のような修復反応をされて道が塞がれる可能性もある。
仕方ないので財布から一円玉を取り出して、最初の分岐路と思われる場所に置いてアプリの地図を再作成した。
改めて等距離を歩いて右折して、もう一度右折しようとする。
「ほんとマジでふざけてるだろ……」
落ちている一円玉を見て漏れたのは、そんな言葉だった。
試しに適当に進めそうな道を選んでも、数回目には一円玉が見つかった。
思い出すのは学生時代にプレイ動画で見た横スクロールアクションのレトロゲーム。ラスボスにたどり着くためには正しいルートを選ばないと戻されるという鬼畜仕様は、配信者を絶望させていた。
「攻略サイトがあれば見させてくれよ……」
そう呟いても攻略サイトなどあるはずもない。そもそも【地下迷宮】ではネットが繋がらないことは嫌というほど理解している。
当然、納得はできなかった。




