金曜日、大学内4
経歴を調べるついでにコミュニティ系の情報も漁った結果、昨年までは心臓の疾患があったはずの老人の回答は予想通りのものだった。
人体実験。
初めて【誘引】されて彷徨っていた時に発作を起こして死にかけた老人への提案。当然死んだら現実に戻ることなど当時は知らず、選択肢などなかった彼には否応もない。
現実に戻った直後に【誘引】されて、ただの一本道を歩いては疲労が心臓を痛めつけた。それを何度も繰り返し、いっそのこと死にたいとさえ願うようになった頃。以前よりも動けていることに気づいたらしい。
そこからどんどん身体が若返っている感覚を覚え、精力的になった。なってしまった。
そのせいで偶然出会った鈴木に対して凶行に及んだのだろう。
刃物の扱いについても身体の若返りについても、実感はあっても何をされているのかはわかっていないようだった。
推測だが、行き来する時点で同じ状態ではなかったのだろう。データを弄るように身体機能を改造して、機能テストを行なっているように思える。あるいは他人のデータを上書きするように改変したのかもしれない。そんな事ができるのならばだが。【地下迷宮】を造り出して【誘引】した対象を、死んでも生きた状態で戻している現状を思えばできないとも言い切れない。
一定の成果があったと告げられて板を授かった、と老人は語った。
「心臓疾患の快癒。この年では絶望的だと言われたが、【誘引】による恩恵だろう。今ではマラソンだってできるだろうな」
「それで恋人と追いかけっこか。睦まじい事だな」
泡壁を這い回る老人に追い回される気持ち悪さは思い出すだけでも身の毛がよだつ。そんな目にあったことは顔に出さず、恋人関係を認めるような言葉を選ぶと老人は満足気に頷いた。
「現実では邪魔が多い。だが向こうならばそれらは全て排除される。思う存分、蜜月に浸れる至高の空間だ」
その表情は【地下迷宮】で鈴木を見ていた時のそれに近く、見ているだけで吐き気がしてくる。
本当は向こうで撮った鈴木の写真を見せて、向こうの情報を持ち出す方法を餌にすることも考えていた。
プリントした写真を再度撮影したデジタル画像だが、この老人がそれを知れば凶行の情景を収めるだろう。それが老人の狂気を後押しするように思えて画像を見せることもしなかったが、そんな情報を得なくても凶行がエスカレートするように思えた。それこそ、現実でも同じことをするほどに。
だから俺は老人から預かった板の両面に指を添えて、【地下迷宮】へと初めて自分の意思で赴いた。




