金曜日、大学内3
明らかに敵意をこちらに向けている老人に対して、不審感を与えることを承知の上でヘラヘラとした笑顔を返す。
最初から信頼される気は全くない。必要な事が聞き出せれば充分だからだ。
「どうやって向こうに行っているのか、見せて貰いたいんですよ」
不必要な親しみを込めて肩を抱いたまま話しかけると、あからさまに嫌悪感が顔に浮かんだ。
「……知ってどうする? 向こうに行っても彷徨うだけだ。金になるような物はほとんどないぞ」
「金はな。アンタだって恋人をモノにしただろう。こっちの詮索はいらねぇんだよ」
まるでタカリ専門のチンピラの言動だが相手にすればそのものでしかないので、それらしく振る舞う。サラリーマンっぽいふりをしたチンピラだと思えば、わざわざ素性を辿ろうともしないというのは経験則でもある。振り返ってみるとろくでもない仕事をしてきたと感じるので、この談合と向き合おう。
「どうやって狙いをつけて向こうに行っている? 方法を教えて貰えれば、こっちも恋人さんには何にもしねぇで済む」
そう言って携帯を見えないように弄る。全く意味のない行動でも、相手に不安を与えるに足りれば意味はある。
歯軋りが聞こえそうな顔で、老人は胸元から一枚のプレートを取り出した。
名刺サイズの金属板だ。右から裸の女、裸の男。縦長の長方形。十数本しかない集中線。その線上に置かれた突起をなぞると少し動いた。集中線の上部に二つの丸と、全体下部に並べられた不規則な丸。
「パイオニア探査機の金属板……とは少し違うか? これがどうした?」
「これは、あちらに赴くために授かったものだ」
学の無さそうな頭でも見たことはあるのかという煽りは無視して、その板を眺める。手に取っても特に異様なところもなく、裏面にも同じ絵柄が並ぶ。
「その上部二つと左下。両足が着いた状態で両面にある計六箇所の丸を指で押さえるだけで、好きに出入りできる」
「…………まさか教授がオカルト趣味だとは知らなかった。こんなもんで女のところまでひとっ飛びか?」
その手段が実際にあることへの驚きを堪えて、敢えて妄言を馬鹿にするように振る舞う。肩から手を離し携帯を手に立ち上がると、慌てたように老人も立ち上がった。
「実際に行って戻ってくれば信じるだろう」
そう言って手を伸ばしてきた老人の手を払い、指を立てる。
「もう一つ。アンタの経歴にはナイフに慣れるような物はなかった。ガタイも年齢とは大分違う。いつからそうなった?」
「……彼女の安全が先だ」
確信を持った問いに対して、老人が憎しみすら感じる目で携帯を睨みながら答えるのを見て、少しやりすぎたかと思いながら携帯をしまった。