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金曜日、大学内2

 チャイムの音に立ち上がる学生たちを止めることもなく、講義が途中で終わった老人もまた壇上を後にする。そこにはこちらへの興味は微塵も感じられない。

 どうやらこちらを全く覚えていないようだ。泡壁に埋もれたことさえ記憶にないのだろう。

 実に都合が良い。



 講堂から出た老人を追いかけるのは簡単だった。

 歩くのが遅めの老人は【地下迷宮】で見た溌剌さはない。通り過ぎる学生から声をかけられても満足に受け応えもできずに去られてしまう。


 泡壁を這い回る狂気などない普通の人に見えるが、【地下迷宮】でナイフを手慣れた様に操っていた人物である。今も懐にナイフを持っている可能性もあった。



「立川教授、少しお時間をいただけますか?」



 まさか現実の大学内で凶行に及ばないだろうが、少し距離をおいて声をかけると面倒くさそうな顔で立ち止まった。



「なんだ? 無駄な質問に時間を割く気はないぞ?」


「お互いにメリットのある商談ですよ。まずは貴方の恋人のことからお話ししましょうか?」



 調べた限りでは彼は既婚者で妻君も存命だ。しかも、鈴木と同じ年代の孫が二人もいる。学者同士の派閥的な結婚ではあるようだが、それでも充分に幸せな家庭だと言えるだろう。

 その結果が【誘引】先での凶行だ。



「……何を言っているのかわからんね。失礼するよ」


「お相手の方は随分とお若いですよね。それなのに随分と深い仲だ。噂だけでも色々と対応が難しいことになるでしょうねぇ」



 しらばっくれるのを縫い止めるように事実を告げると、足が止まった。更に追い込むために事が公になった場合に起こり得る話を口にする。



「彼女さんも災難ですねぇ。マスコミ関係に追い込まれでもしたら、自殺するかもしれない」


「脅す気かっ!?」



 老いぼれた講師の皮が剥がれて、その右手に一瞬で胸ぐらを掴まれた。【地下迷宮】で出会った時のように凶行を厭わない気配が漂う。

 その声に周囲を歩いていた学生がこちらを振り返るのを、笑顔で手を振って返す。

 そのまま軽く肩に手を置くと、思った以上に筋肉質な感触が返ってきた。



「取り引きですよ。ちゃんとそちらにもメリットがある話です。ちょっとは聞く気になって貰えましたか?」


「……いいだろう。だが彼女に危害を加えるようなら、ただでは済まないと思え」



 偏屈で変態な老人に凄まれながら、その肩を抱くように身体を支えるふりでキャンパス内に添えられたベンチへと向かう。

 自分の学校の老齢な講師が支えられてベンチに腰を下ろすのを、学生たちが興味を失って去っていく。


 それが都合が良いと思うべきなのか、空寒いと思うべきなのか。



次の話からは、また毎晩1時の投稿になります。

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