地下迷宮の売店1
地下通路で叫び疲れ、半ば精神の死んだ状態で歩いている。
それでも人間は経験を活かすことで進歩してきた生き物だ。何も考えていなくても歩くことはできる。
ブロック構成されているように一定の距離で現れる空調機の吐き出す風を浴びるたび、流れる汗が蒸発して身体から熱が逃げていく。
それが心地よいのかどうかさえも認識しないまま、ただひたすらに歩く。
目的地は正面に見えているT字路。そこにある駅中の売店だ。今朝も大変世話になったその店に、帰りも大変世話になるのだ。
自動ドアを通る際の楽しげな音楽を聴けば、強めに効いた冷房が出迎える。店員の姿がないのは今朝と同じだ。
監視カメラが常設されている駅構内には無人販売店もある。この店が現実にはあるのかわからないが、そう思えば無人なのも不思議はない。むしろ普通に店員がいる方が怖いかもしれない。
全身の汗がひいていくのを感じながら、イートインコーナーに腰を下ろす。
何か思考しようとしても全く頭が動かず、ただぼんやりと歩いてきた道を眺め続ける。
「……充電するか」
どれだけ時間が経ったのか、ようやくまとまった思考はそれだった。
イートインに備え付けのジャックにケーブルを刺して、携帯の充電を行う。ついでに立ち上げてみれば、やはり今朝と同様に圏外の表示が鎮座している。
ニュース系やコミュ系のアプリを操作しても、通信がないためか読み込まない。ネットが繋がらないことは既に今朝試したが、それでも携帯機能に使えるものはないかと端から試していく。電卓は機能した。虚しくなった。
眺め続けていると遠近感がおかしくなるような、はるか彼方まで伸びている通路から視線を外し、席を立つ。
どこにでもあるコンビニのような店内には、店員の姿以外は大体揃っている。
必要になるのは最低でも四日分の食料と水。
横になって寝るために寝袋が欲しかったが、流石に売っていない。かつて通路で暮らしていた人々がダンボールを寝床にしていた知恵に、店内で手に入るだろうかと考える。
掲示板の利用者は誘引された当人なのかネタを楽しむ第三者なのかわからない。それでも見た内容を思い返せば、確かめておこうと思えたものもある。
駅中売店としてはイートインもあり弁当の販売量も多いここは、生存のためには不可欠な場所だろう。特に弁当の量は重要だ。
陳列棚をみれば今朝買った時よりは少し減ったような商品在庫。賞味期限もまだ大丈夫とは言え、常温で四日持ち運んでから食べるのは抵抗がある。
パンコーナーも普通に商品が並んでいる。とりあえず帰宅途中で餓死する心配はないかもしれない。行きと帰りの距離が同じだとすればだが。
とりあえず最重要問題が解決したことに僅かながら安堵して、掲示板で気になった発言を思いだす。
替えの下着はあって損はない。
ティッシュのありがたみを知れ。
ボディタオル、フェイスタオル必須。
移動を楽にするためには台車が便利。
気になったのは、そんなところだろうか。
実際に片道四日の道のりを体験したこの身としては、それらの言葉が如何に重いかがわかる。
毎日風呂に入る国民性にとって、水源無しの行程は苦行でしかない。
不衛生な身体に慣れていないためか、今朝の通勤ストレスは酷いものだった。
なにしろ、その行程中ではトイレがない。つまり通路脇に致すしかないのだ。当然、ウォシュレットなんかない。
黄金の名残をつけたままで延々と歩くことを避ける為には、店内に積まれたティッシュ類は必須アイテムだ。むしろ【地下迷宮】では一番の財宝かもしれない。
「……ん?」
そんな財宝の山が連想させたのか、今朝の行程で置き去りにした黄金が気になった。
販売されている弁当やパンは減ったままで補充はされていない。誰も店員がいないのだから当然だろう。
では黄金はどうか。通路にあるそれらを誰かが片付けているだろうか。
減っていくだけの消耗品と増えていくだけの消化物。
この【地下迷宮誘引現象】は思った以上に切実な問題を抱えているのかもしれない。