表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/123

【誘引】5回目5

 泡壁が通路のゴミを取り込んで加速することは、以前に確かめた。ダイラタンシー流体のように細かい粒子を含んでいるのか、軽く叩くだけでも壁のように抵抗感を持ち、ゆっくりと触れれば沈み込む性質がある。


 老人はその泡壁に向かって、ハンドクラップをする様にして両手を叩きつけ、その足元は床を跳ねるようなバックステップを踏んでいる。

 泡壁の移動速度を利用して、その勢いに乗っているのだ。そんなことが出来るとは考えもしなかった。

 反り返って逆さまになった老人の嘲笑うような笑顔を鼻血が逆さまに流れる。まだ止まってなかったらしい。


 ナイフをどこにしまったのかはわからないが、逃げている背後から刺される可能性は高い。とはいえ逃げないわけにもいかない。

 あれだけ足の速い鈴木がこれまでどうやって老人の犯罪被害者にされたのか、理解はできた。だが納得できるかは別の話だ。


 加速する泡壁を叩く音とステップを踏む靴の音は、リズムだけ聞けばタップダンスにクラップを合わせたようにリズミカルだ。それをしているのが鼻血を垂らして壁に張り付いた老人だというのが納得できない。

 泡壁が一瞬停止するたびに、老人の身体が離れて軽やかにステップを踏む。加速した泡壁に手をついて再び舞う様は明らかに老人の動きではなく、路上でブレイクダンスをしている学生に近い。


 そんな様子を見ながら走り続けているが、その距離が徐々に近づいているのが見てわかる。

 通路は相変わらず緩やかなカーブで伸びていて、時折脇道も見えるが飛び込むか迷っているうちに通り過ぎてしまう。


 割り切ってしまえば鈴木がどうなろうと関係ない話ではある。巻き込まれているだけの俺が逃げても老人は無視するだろう。しかしそれはなんとも後味が悪く、せめて逃げられる間は逃げようという変な意地が捨てられない。



 どんどん加速する泡壁の上で、老人がアメンボのように這い回りながらこちらを見て、鼻血と涎を垂らしている。それが床に落ちる前に泡壁に当たることも、その結果泡壁が加速することも計算しているのだろう。停止した一瞬、四つ足でこちらを見ながら宙に舞う老人がとても気色悪い。


 通路の果てが見えて、十字路で戸惑っている鈴木の姿が見えた。どちらに逃げるか迷っていたのか、置き去りにした俺の安否を確かめたかったのか。



「もうすぐ愛してあげるから、待っているんだよぉぉ〜?」



 その怯えて困惑している姿に、泡壁を這う老人の欲望が迸った。

 その粘つくような劣情混じりの声を背中に受けて、背筋が寒くなって思わず振り返る。



「ちくしょう! くそっ! クソォッ!」



 泡壁の老人に気づいた鈴木の悲鳴を掻き消すような叫びは、自分が吐き出した恐怖と嫌悪感。


 それらを振り払うように身体は無意識に動いていた。ポケットに押し込んでいた簡易印刷カメラ。それを思いきり投げつけたらしい。

 それはたまたま鼻血だが涎だかが沈んで、泡壁が停止したのと同時だった。宙を舞う老人の顔面にクリーンヒットし、体勢が崩れてそのまま再加速した泡壁に老人が落ちて全身を打ちつける。


 その痛みに呻いている間に身体は泡壁へと沈んでいき、表面を叩こうとした手は虚しく空を切った。

 そうして老人の姿は、すぐに見えなくなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ