地下迷宮のファミレス5
当て所ない両腕を掴んで引き寄せると、ほとんど抵抗はなかった。
そのまま半端に開かれた両手を押し付けるように自分の首へと絡ませると、少しだけ爪の先が掠めた痛みが走った。
「な、なに……?」
「お前な、少しは自分を受け入れてやれ」
テーブルを越えて前傾した状態で支えが効かない身体は、両手を掴まれて不安定に乗り出している。
「殺したくて殺した。忘れたいから忘れる。それのどこが悪い?」
「だっ……人殺しは……」
「自分を殺した相手だろう。そんな奴は殺して当然だし、忘れていい。それともお前、誰彼構わず殺したいのか?」
更に引き寄せて手を離せば、身体を支える方法は一つしかない。倒れないようにという反射が、軽く絡めていただけの手指を食い込ませるほどに力を込めさせた。
俺の首を両手で締め付けながら身動きの取れない姿を見る。
実際に殺害した時のことを思い出しているのか、その顔は青白い。恐怖なのか吐き気なのか震えているように見えたが、首を締める手には力がこもって気道が押されて息が詰まる。
しかしその両手が首から離れて、反動でむせそうになった。片手ずつ支えるようにして、両方の鎖骨あたりに手が添えられて、思い切り指圧された。
「いだだだぁぁっ! ちょ、まて! いデェ!」
首の付け根と鎖骨の中間点に押し込まれた親指は、爪で抉られていると思うほどに深く刺さった。
「あー、もー、オジサンに慰められるとか、マジ黒歴史モンなんですけど。あーやだやだ。もーマジで全部忘れるから」
テーブル伝いに身体を支えて腰を下ろした凶悪犯の言い分がこれだ。
「ああ、そうかい。人生は長いからな。この先もどんどん黒歴史増えるから覚悟しとけよ」
そう揶揄して返したものの、両肩を押さえながら悶えている姿にはカケラほどの威厳もないだろう。
余程無様に見えたのか、こちらを見る顔はいかにも楽しそうな笑みを浮かべている。先程までの不安定な様子は微塵もない。
「ねぇ、オジサンの黒歴史ってどんなの?」
泣いていたことさえ忘れたように興味津々と乗り出して問いかけてくる姿に、なんだか心配したことがバカバカしく思えて、つい皮肉を返した。
「刃物持った女子高生から必死で逃げたことがある」
爆笑で返された。
しかも、今度は逃げられないかもねー、などと軽く言われた。
本当、世代の違う奴の考えることはわからん。
週末なので次の話は一時間後に投稿します。