【誘引】二回目
仕事を終えて、帰りの電車の中でネット検索をする。
調べるのは【地下迷宮誘引現象】関係の情報だ。現象が世界中で話題になってから二か月。補助金や補償でもないかと思ったが、詐欺まがいのものしかなかった。
体験情報をまとめた掲示板なども漁ってみたが、どこまで本気で言っているのかわからないような話が混ざっている。どうやら発生から半月ほどで飽きられて、好き勝手に捏造された話が上がるようになったらしい。
参考になったのは意外にも政府広報のまとめだった。充電器や携行食、携帯プレーヤーなどの値引きチケットの申請方法もある。
そういえば発生当初にそんなことを考えてネタを他の部署の奴に流したのを思い出した。販売会社名にも覚えがあり、上手いこと仲介したらしいと感心する。
そんな情報に気を取られていたせいだろうか。
乗り換えの駅のホームに降りて携帯から目を上げた瞬間、口から血反吐を吐くような音が漏れた。魂がはみ出たのかもしれない。
降りた駅のホームはそこにはなく、地下通路の真ん中で携帯片手に呆然としている自分がいる。
その事実が今朝も起きたことと同じだとわかっているのだが、いったん目を閉じてみる。
「起きろー。もうすぐ駅に着くぞー。今朝のことを夢に見てないで、起きて現実に帰れー。むしろ全部夢で家で寝てろー」
駅のホームで電車から降りた直後に、目を閉じてこんなことを呟く奴がいたら通報されかねない。
だがいっそ通報していいから現実に戻して欲しいと願いながら、うっすらと目を開く。
全く同じ地下通路の景色では、誰一人としてツッコミさえしてこない。空調の音が虚しく響くだけだ。
膝が折れて心も折れた。
膝頭が床を打ち、脇に抱えていた手提げ鞄を叩きつける。
「ちくしょう! くそっ! クソォッ!」
もはや語彙力など現実に忘れてきたように、小学生レベルの悪態が口から溢れ出てる。それ以上に涙が溢れていたが、気づくのはもうしばらくして落ち着いてからだ。
今日の通勤時間は合わせて何日になるのだろうか。