地下迷宮のファミレス4
肺の痛みに声が出ないこちらのことなどお構いなしに、蕩々と語られた鈴木の【誘引】の経験は、やはりろくなものではなかった。
最初の【誘引】は初期の発生時期とほぼ同じ。さまよって疲れて眠った時には現実に帰っていたらしい。二回目と三回目の記憶も同じだったが、通学電車に乗るサラリーマンが妙に視線を絡めてくるようになったという。
「しばらくは、ただの痴漢モドキかと思って別の車輌に乗るとかして、無視してたんです」
単純に気持ち悪いという程の認識だったらしい。
そいつと【誘引】された先で出会うまでは。
「知ってました? 【地下迷宮】で死ぬと、その時の【誘引】された記憶は残らないんですよ」
だから、何故その男が自分の名前や住所を知っているのか、わからなかったという。
その男が蕩々と説明するのを聞かされて気持ち悪さが嫌悪と恐怖に変わっても、それが事実だと思い知らされたと鈴木は口を歪めた。
内腿とお尻にあるホクロの数を見知らぬオヤジに教えられることが、どれだけの恐怖なのか俺にはわからない。せいぜいが、正気を失って殺意に囚われるには過分なものだと予想する程度だ。
「その日は逃げられた……いえ、見逃したんでしょうね。私に、自覚させるために」
歪めた口元から半笑いになった言葉が落ちるのを見ながら、タバコに火をつけた。吐き気の代わりに吐き出した煙は、大して役には立たない。
傷を抉って血を掻き出すように吐き出されていく、抱えていたもの。それに耳を貸せても返せる言葉など持ち合わせていなかった。
再び【地下迷宮】で再会したその相手に恋人呼ばわりされて記憶にない思い出を語られたのが、限界だったのだろう。
「未だに、感触があるんですよ。気持ち悪い感触が、消えないんです。ふふっ、おかしいですよね」
締めた首の滑りと拍動が消えていく感触を語りながら、歪めた口元から笑いが漏れる。両手で何かを締め付けるように、その何かを見つめるように。
「ふふっ……殺したくなかったなんて、笑っちゃう。本気で殺そうとして、絶対に殺してやろうと思ったから、だから忘れられないのに。忘れたいなんて思うんですよ? あははっ」
笑い声を漏らしながら、恐怖に歪めた顔で泣いている。そんな顔にタバコの煙を吹き付けて、吸い殻をコーヒーカップに押し付けた。
吸う気が失せるほど、タバコがマズくてイラついてきた。