木曜日、社屋受付前
エントランスに向かい来客を確かめると、そいつらは深々と頭を下げた。
相手と態度と状況に足が止まる。顔が歪んでいるのを感じて揉み解しながら、重くなった足を運ぶ。
エントランスの受付前では一目で高校生だとわかる一組の男女。好奇心に満ちた目でこちらと二人を見比べながら通り過ぎる社員たちが鬱陶しい。
「あー、無事だったか」
声をかけると、チェシャ猫のような顔を上げた中野と目があった。申し訳なさそうな表情が周囲や受付嬢にもわかり、より居心地が悪くなる。
「おかげ様で、無事に帰ってこれました。鈴木さんとも昨夜話して、僕が勘違いをしていたとわかりました。大変、失礼な態度を取っていたと反省しています。申し訳ありません」
名前を呼ばれて一瞬顔を上げかけた鈴木さんは、再び中野が下げる頭につられて顔を伏せた。
「気にすんな。それで、鈴木さん? だったか? 鞄を拾ってくれたんだってな。わざわざ届けてくれてありがとうな」
下げている安っぽい鞄が自分の物だとわかり促すと、彼女は顔を上げた。一瞬逃げそうになる身体を押し留めて見返せば、【地下迷宮】で出会ったような追い詰められた色はない。血色の良い、どこにでもいそうな普通の女子高生の顔に、人違いを疑いそうになる。
「あ、あの、これ、どうぞ。その……色々すいません」
借りた猫のような態度というのを、久しぶりに見た気がした。会社を訪問したことも会社員に注目されたこともなかったのだろう、周囲の視線を気にする姿はおとなしくて気弱に見えた。
何があれば目にした相手を殺そうとするようになるのか。
気にはなったが触れたくもなかったし、周囲の視線に晒されているのはこちらも同じである。むしろこちらに刺さるような視線を感じて目を向ければ、後輩と中野姉が隠れて見ていた。他人のことは言えないが、お前ら仕事はどうしたとツッコミたくなる。
頭を上げた二人と見比べられる環境に苛立ちを覚えつつ、鞄を受け取る。
「すいません、訪問前に連絡しようと思ったらんですが、登録した番号が消えてしまっていて」
「ん? あぁ、そうか。あっちで増えた情報は反映されないみたいだからな」
正直、現実ではあまり関わりたくなかったので消えることを教えなかったのだが、まさか直接会社に乗り込んでくるとは予想していなかった。他人の喫煙行為を咎めたりと行動力があるのは見事だが、いつか酷い目に遭いそうな危うさを感じる。
「あー、飯でも食うか。ファミレスでいいか?」
しかしこの年代の男が同年代の女を前にそんなことを言われたくもないだろうし、それを指摘する義理もない。
それ以上に受付嬢からの興味本位の視線から逃げたくなり、溜まった憂さと空腹に口が滑った。
頷いた二人に、つい顔をしかめたがスルーされてしまった。
外出する旨を同僚などに伝えたほうが良いかとも思ったが、残った仕事量は同僚が残業すればちょうどいいくらいだ。自分が確認しないとならない部分もないので、気兼ねなく同僚に任せようと決める。
いつもの蕎麦屋に行って狐月見が食べたいと思いながらビルの外へと出ると、朝からの振り出しそうな空が消えた。
「……は?」
どこから漏れたのか、自分から随分と間抜けな声がした。




