木曜日の喫煙所
人生で知り合った中で、二番目にろくでもない性格。そんな後輩の満面の笑顔を横目に、喫煙室を埋める煙を眺めていた。
出社してから溜まった仕事を片付けて、昼も取れずに六時間。そろそろヤニ切れが限界で抜け出した結果、止まらない惚気話を聞かされる羽目に陥った。
「涙目になって、もうやめて、なんて言われたらやめられるわけないですよね! もうぐっちゃぐちゃにしながら、震えて頼み込んでくるんですよ!? そりゃあ興奮して、より一層激しくしますよね!」
具体的に何をしているのかはボカしているが、興奮覚めやらない後輩のテンションは振り切れたままだ。
喫煙室にいる面々へと視線を向ければ、お前が黙らせろと言わんばかりに睨み返される。
しかしその一方でお局衆は、もっともっと具体的に聞けよと言いたげな笑みで促してくる。
後輩とは反対側から憐んでいる中野姉の視線が一番鬱陶しい。圧が強くて怖かったため、あまりちゃんと顔を見ていなかったが、チェシャ猫のような笑みは学生の中野によく似ていた。
「昨日、弟が世話になったみたいですね」
そんな言葉をかけられて現実逃避しかけていたところに、後輩が突っ込んできて今の状況だ。
部屋から逃げ出したいが、両側から掴まれている圧が強くて動けない。
消すことも出来ないタバコを吸えば、これまでで一番不味かった。
そんな中で流れた社内アナウンスが救いになるとは思っておらず、繰り返している呼び出しが自分を呼んでいると気づくまで少しかかった。
来客の予定はなかったはずだが、怒鳴り込んで来そうな顧客にはいくつか心当たりがある。黙らせるのも相手をするのも面倒だが、尾を引くのは顧客のほうだ。
逃すまいとする後輩と女性社員、非難の目を向けている喫煙者どもを尻目に喫煙室から脱出する。
仕事の憂さをリセットするためにタバコを吸いに来たのに、余計に憂さが溜まった気がした。
「あー、タバコ吸いてえ」
漏れた呟きは憂さを晴らすには全く足りなかった。
次の話からは、また毎晩1時の投稿になります。