木曜日、通勤乗り換え駅ホーム
日が開けて木曜日。
身分証提示と厳重注意程度で済んだ翌朝、俺は帰りがけに買った革靴で乗り換え駅に降りた。
苛立ちを抑えきれない足取りで、人波を押し分けるようにホームを歩いて階段を下りる。
手にした新しい鞄には携帯食料と水、タバコを詰め込んである。【誘引】されることを前提として行動した結果だが、肩透かしを食らったらしい。
乗り換え先のホームに着いて周りを見れば、携帯ゲームや音楽に没頭している通勤通学の人の群れ。通路脇に座って騒いでいる学生や、券売機や売店に並ぶ列も見える普通の景色だ。
しかしよく見れば、通路脇やベンチに座りながら足を動かしている人影もある。人波から外れて観察してみれば、大抵が怒鳴るかため息を漏らすかして、うなだれて違う路線への通路へと向かっていく。
そんな中に上司の姿を見つけて、思わず吹き出しそうになった。ベンチに腰掛けて、うなだれた頭からスダレが流れ落ちている。思わず写メを同僚に送ったが、落ち武者発見というタイトルは捻りがなかったかと反省した。
頭を上げた上司の視界に入っても、まるで寝ぼけているかのように周囲を確認して、こちらを気に留めることもなく電車に飛び乗った。
上司を乗せた電車が走り出すまでの僅かな時間で、同じベンチに見慣れない制服姿の学生が座っていた。飛び起きてあたりを確認して、へたり込んだと思ったら時計を見て走り出した。
理由まではわからないが、どうやら【地下迷宮】から帰還した時の認識には差があるようだ。
しばらく帰還する状況を観察して、突然現れる人々が思い思いに去っていくのを見送る。完全に状況がわからない様子なのは上司以外ではサラリーマン風の女性が一人だけだった。
電車から降りる客を見ても、人波が多くて【誘引】されているのかはわからない。
「もう少し人の少ない時間で見てみるか」
そう呟くと、会社に向かうための電車に乗る。
くそったれが【地下迷宮】にいたことは、少なからず【誘引現象】に向き合う気を起こさせていた。
ろくな目に合わないことが確信できる程、あいつの人間性は最悪なのだから。
週末なので次の話は一時間後に投稿します。