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【誘引】4回目4

 飲み込まれた爪先が掴まれたように引っ張られる。伸ばした右足が左側へと流れていき、足首が極められたようになりながら体勢が崩れた。


 靴からすっぽ抜けた右足が勢いに押されて壁の出っ張りに打ち付けられ、直後には再び背中から床の凹凸に倒れ込む。


 痛みにのたうつことも出来ず、食いしばった歯が軋みを上げる。

 息をすることさえ忘れていたらしい。



「ぐはぁ……っ」



 痛みによる強張りが解けた瞬間、冗談みたいな声が吐息になって溢れた。

 上体を起こしてケツと裏腿に沈み込む突起よりも、足首が痛む。折れたかも知れない。


 脱げた靴をみれば壁に押し付けられてひしゃげていた。

 どうやら泡壁が止まる直前に足を突っ込んでしまったらしい。迂闊な行動は命取りになるのだと肝に銘じて、なんでそんなことを肝に銘じなくてはならないのかと泣きたくなる。


 既に涙目になっていたのを拭う気力もないまま、壁に手をついて立ち上がって固まった。

 凹凸だらけの床を、右足を使わずに戻らなければならない。

 ケンケンなんて何年ぶりにやるだろうかと思いつつ、右手を壁に添えて左足で軽く跳ねてみた。


 左足裏という小さな面は落下する体重を受け止めたが、それと引き換えにより深く凹凸を刻み込んだ。

 思わず膝から力が抜けて右足先が床に触れ、足首の激痛に背筋が伸びる。転びそうになって両手で壁に手を張って、めり込んだ突起の痛みに堪える。



 もはや呻き声すら出ない。



 無理をせずに四つん這いになるべきだったと息を吐けば、涙が流れている視界の端に黒っぽいものが見えた。

 そちらに顔を向けると、通路いっぱいを埋めた清掃機械。音もなく躙り寄る鉄の塊は、起こり得る未来を想像させる。



「いや……待ておい、冗談だろう?」



 本来なら通路を進んでいたはずだった。それを遮った泡壁に手をつけば、ざらっとした固い感触が返ってくる。コンクリートのように冷たくなった泡壁は、今やただの壁でしかない。

 その壁を背にして振り返れば、更に近づいた清掃機械が迫っていた。速度を落としながら、しかし確実に袋小路の隅々まで清掃を行うだろうことが容易に想像できる。

 無機質な黒い面に描かれた白文字が判別できる距離になっても、全く止まる気配はない。その中央部にカメラレンズがあることに気付き、両手を上げて叫んだ。



「止まれ! 止まってくれ! おい止まれって! マジで潰す気か!?」



 しかし反応はなく、無慈悲に距離は詰められてくる。靴を脱いで投げつけるという悪あがきをしても、一瞬で床との間に消えただけだった。

 軽めの怪我や疲労なら現実に戻ればなくなっていたが、ミンチになっては戻るどころではない。

 その上で戻れる可能性が薄いのは、掲示板にそうした体験を述べたものがいないことからも予測できた。


 つまり、壁に挟まれて死ぬか、床との間でミンチになって死ぬか、二択である。


 両手で押し留めようとしても、明らかにこちらの数倍はある重量には無駄足掻きにしかならない。

 なんとかならないかと叩いたり喚いたりして足掻いても、手のひらに白い塗料がついただけだった。

 目の前にある無機質なカメラレンズが迫るのを憎々しく思いながら、強制停止スイッチでもないかと表面に目を配り手を這わせる。

 羅列された白文字が崩れても手のひらに引っかかりすらなく、肘を曲げることさえ難しいほどに空間は狭くなっている。

 聞いていた話とは違い気を失うこともなく、挟まれる圧迫感が増していくにつれて、胸骨が軋んでいくのがわかった。

 眼前に張り付くようなカメラレンズ越しに誰もいないだろうと思っても、そこに悪意があるように思えてならない。



「ちくしょう! くそっ! クソォッ!」



 悪態をつけたのも呼吸がまともにできたうちのこと。身体が潰れていくほどに呼吸も命も遠くなる。

 そうして意識が途絶える瞬間に、懐かしい声を聞いた。


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