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【誘引】4回目3

 見えない距離まで離れたことで落ち着いたのか、少し早足な程度で学生は先を歩いている。


 こちらは凹凸のある床が足裏に沈むたびに呻き声が漏れそうだが、学生にはそんな様子は微塵もない。

 気紛れに話したのは、【誘引】から解放された手段だ。一応お互いに名前と連絡先を伝えあったが、できれば関わりを深めたくはなかった。

 うちの会社に姉が勤めており、圧の強い女性社員と同じ中野という苗字だとは知らなかったことにしたい。



「ここの通路を歩いたのはどちらも二時間程度でしたが、ドアを見た覚えはないですよ。町田さんはどのくらいで見つけたんですか?」


「あー、最短で……四時間か? 日を跨ぐと構造が変わるせいか、同じドアに辿り着けたことはないけどな」



 脱出方法があると知った学生、中野の声に張りが出た反面、俺の声は重い。


 約二週間毎に【誘引】されて今回が三回目だという中野の話に、一週間も経たずに超えた自分の不運を自覚して、重い足取りに足裏が更に辛くなっていた。


 他の【誘引】被害者から直接体験談を聞けるのは貴重だというのはわかるため、質問が多くなった中野に答えを返していく。その割にはこちらが得られる新しい情報が少ない。思い出す度に気分が重くなるし足裏の痛みは減らないし最悪である。自販機を見つける前に残りのタバコに手をつけそうだ。




 気怠い気分で応答を繰り返してしばらく。ようやく通路にも変化が見えた。



 交差する道が少し上にズレた十字路の中央に立つと、足裏の感触が違う。どうやら交差した道は凹凸がなく、左右を見れば水色の道が真っ直ぐに果てしなく伸びているのが見えた。途中に脇道らしい場所もある。


 正面へと向き直せば、緑の道は茶色が強くなり下り坂のように見えた。壁や床の凹凸は見るからに増していて、床を押さえた手にツボ押しをしたように跡がつく。



「どっちに行くかだな」



 こんな坂道を降りていくなど拷問でしかない。そんな思いを込めて中野を見れば、あっさりとうなずき返す。やはりそれなりに痛みはあったらしい。

 水色の道を見直しても、ドアや売店、自販機は見当たらない。来た道を振り返ってもみたが、特に変化した様子もなかった。

 しかし水色の道は脇道が多い分、期待値は高いだろう。問題は二択のどちらを、と再度見直して違和感を感じた。



「中野。ちょっとこっちの道の奥、見えるか?」



 老眼ではないが、毎日モニターと携帯に酷使されている目には遠方を正確に把握するのは難しい。

 それで若者の目を借りようという発想自体が年寄りっぽい気もしたが、直後にはその必要もなくなった。


 果てしない遠方から迫りながら、次々と脇道を塞いでいる泡壁が認識できた。


 その速度に反応できたのは奇跡的なことだったと思う。口頭説明だけでしか泡壁の存在を知らない中野を正面通路の下り坂へと蹴り込んで、反動に任せて元の道へと飛び込む。

 新幹線が通過した時のような音と風圧に煽られた身体はあっさりとバランスを崩して凹凸だらけの床に身体を打ち付けた。

 肋骨の隙間に突き刺さるような痛みに悶絶し、転がるたびに凹凸が痛みを増やしてのたうちまわる。


 ようやく立ち上がれたのは、壁に頭をぶつけてしばらく悶絶した後だった。全身が痛むよりは足裏だけが痛む方がまだマシだと立ち上がる。

 ハンカチで乱雑に顔を拭って十字路だった場所をみれば、完全に泡壁で埋められていた。



「くそっ……おーい中野ぉ! 片っ端からドア開けて出口探せぇ! こっちのことは気にするなぁ!」



 泡壁が下り坂まで浸食していた場合は無事ではないだろうが、無事だと信じるように声を上げる。

 うっすらと、わかりました、という返事が聞こえた気がして息を吐いた。



「はぁ〜ぁ……くそったれが」



 中野の無事に安堵していることがバツが悪く感じて、毒づいて軽く泡壁を蹴り付ける。

 その爪先が泡壁に飲み込まれた。


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