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平静を求める推理


「あなたは彼女と出会い、犯罪行為に及んだ。怪我や汚れは現実に戻れば消えてしまいます。それをあなたは悪用したんだ。しかし、その時に社員証を落としたのでしょう。物を現実に持ち出せることが、あなたと彼女の繋がりを証明しています。言い逃れは出来ませんよ?」



 捲し立てる声も、指したままの指先も震えが混ざっていた。

 犯罪者相手と思い込んで臆しているのかとも思ったが、先程まで手にしていた携帯やタブレットを落としたことにさえ意識を向けていない。


 探偵ゴッコで現実逃避していることまでは分かっても、そこまで【迷宮】に脅える理由がわからなかった。



「犯罪証明にはなってないんだがなぁ。とりあえず説明したいから、座っていいか?」



 下手に刺激して襲い掛かられるのも面倒だと、ゆっくり両手を上げたまま腰を下ろす。

 背後にある壁さえ見たくないのか、学生の視線は全く外れない。【誘引】された事実を見たくない気持ちには共感できるが、それで犯罪者扱いされるのは気分が悪かった。

 とはいえ、無視したところで現実で警察を連れてこられても迷惑極まる。


 どうやって言いくるめようかと思案し、全部正直に話すという最悪の選択肢も考慮しながら、口を開いた。



「確かに鈴木さんとやらには、心当たりがある」


「やっぱり。罪を認めるんですね?」


 内心の面倒くさい気分が表に出ないように気をつけながら、固まったように指差し続けている学生を、まぁ聞けよとなだめる。



「勘違いしていると思うが、俺は被害者だ。コンビニで買い物中に襲われて、鞄ごと置き去りにしたんだよ。鈴木さんとやらには会ったことがないが、多分それを拾ってくれたんだろうな」



 正直にカッターナイフを突き刺そうとしてきた女子高生と、それから逃げ出した被害者の関係だと説明してもよかったが、絶対に信じないだろう。

 俺がこの学生の立場なら信じない。

 そのため事実混じりに適当な嘘をついてみたが、やはり学生は疑惑の眼差しを返してきた。



「鞄の話はされなかったか? 仕事用のタブレットPCも鞄に入っていたから、返してもらえると助かるんだが」


「彼女が鞄の話をしなかったのは事実ですが、そんな嘘が通ると本当に思っているんですか」



 揺らいだ視線が一瞬背後の壁を捉えたのだろう。

 僅かな間、眼を閉じてこちらを睨み直した学生の指先を眺める。力が入りすぎて攣りそうに見えた。



「あー、風俗店の紹介雑誌も入ってたからな。現物が見たいとか同世代の男に言われても見せられなかったんだろう。お前さんがそっちに食いついたらお互い気まずくなるだろう? 気を使ったんだろうさ」



 当然そんなものは入っていない。だが学生時代にはそうした雑誌への興味は当然あった。それは時代が変わっても、気になる女から相談されている最中であっても、大差はないだろう。

 鈴木さんとやらが風俗店の紹介雑誌を見ている様子を思い描いたのか、学生の顔に困惑が浮かぶ。



「まぁ、嘘だと思ってもらっていいから、鈴木さんとやらに俺の鞄も持っているか確認してくれ。それとも俺を私刑にでもして鈴木さんに褒めてもらうか?」



 揶揄い混じりに言ってやれば、簡単に苛立ちを顔ににじませた。殴りつけて満足するタイプなら、犯罪の証明などせず問答無用で焼きにくるだろう。そのへんはネットもリアルも大差はない。少年法に守られて治外法権の【迷宮】にいるならなおのことだ。

 それでも赤の他人に道徳を問うような学生は、そんな選択肢はとらない。選ばせないための揶揄いではあるが。


 引き攣った指先を揉み解すようにしながら憮然としてうなずく。納得はしていないが、今の時点で問答することが無意味だと分かったのだろう。

 次は会社に乗り込んでくるかもしれないと思うと、胃が痛い。せめて鈴木さんとやらが同行しないことを願いながら尋ねる。



「それで、お前さんはここから出る方法はわかるのか?」



 学生の目が現実から逃げるように閉じられた。それでも世界はなくならない、という歌詞を思い出した。



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