【誘引】4回目1
同じ駅の利用者で見知った学校の生徒である。遭遇することもあり得るとは思ったが、その友人が絡んでくるというのは予想外だった。
「ちょっと待ってください。まだ彼女との関係を答えていませんよ」
しかもそいつが腕を掴んで電車を降りようとするのを妨げるとは全く予想外だ。
乗降客の迷惑そうな視線を受けても、学生は真っ直ぐにこちらだけ見ていて気づいていない。
「邪魔になるから、とりあえず降りろ」
直接言葉にしてやって、ようやくドアを挟んで立っていることに気づいたらしい。周囲に軽く頭を下げながら、それでも手を離そうとしないままに電車を降りる。
その直後に、電車が消えた。
吹き出しそうな魂を堪えて周囲を見れば、半球状のホールのような空間を照らす水色の蛍光灯。色あせた茶色のブロックで固められた壁と天井には、均等に三又に伸びる赤と紫と緑の矢印があり、それぞれが指している方向には茶色にその色が混ざったような色の道が伸びている。
「なんで……?」
漏れた声に目を向ければ、手を掴んだまま魂が抜けたように青ざめた学生がいた。そのまま崩れてしゃがみ込むのを支える気にもならず、剥がれた手の跡を撫でる。
できることなら同様に崩れ落ちて嘆きたい心を、大人としての見栄が留めた。
降りた駅の漫画喫茶に向かうつもりでいたのに、ここは明らかに駅のホームではない。
「こんな……こんなの……非常識だ」
隣でうろたえているのを見ているためだろう。嘆く心が冷静さを取り戻すが、理性も嘆きを吐き出そうとするので口を噤んだまま学生が落ち着くのを待つ。
鞄を開くのを見て少し身構えたが、出てきたのは携帯とタブレットPCだった。覗けばチャットツールと電話を試している。
しかしその結果はすぐに出た。
「圏外……また、【地下迷宮】にくるなんて……」
力なく笑いだした学生にかける言葉などなかった。自分も嘆きたいのを我慢しているとは悟られないように、気楽なフリをして口を開く。
「またテストで良い点が取れるな」
そんな大人の見栄が癇に障ったのだろう、無言で睨みつけられる。
そしてすぐに何かを確信したように、その指先がこちらへと伸びた。
「鈴木さんとは【迷宮】で会っていたんですね」
その姿は、まるで犯人を見つけた探偵のようだった。