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水曜日、帰路2

 そんな呟きに応える奴がいるとは全く思っていなかった。



「路上も、駅構内も電車内も禁煙ですよ」



 相変わらず人の顔を真っ直ぐに見てくる男子高生である。

 どうやら学校帰りらしいが、今日は他の学生とはつるまずに一人のようだ。



「そうかい。そりゃあ勉強になったよ」



 満員まではいかない電車内とはいえ、学生がサラリーマンと会話している姿は珍しい。

 しかし誰もが自分たちの時間に埋もれて、周りに興味もなさそうだ。

 そんな中でこの学生は何がそんなに気に入らないのか、噛み付いてくる。友人相手に見せていたチェシャ猫のような笑みはなく、代わりに威嚇する猫を連想させた。



「しゃーって言いそうだな」



 タバコの臭いが嫌いなのだろう。猫はだいたいそんな反応をする。あるいは近寄ると逃げていく。

 少し茶の混ざったような髪色の学生は、より茶の濃い目をうろん気に睨むようにしている。

 たかだかタバコへの呟き程度に目を剥いてくる真っ直ぐさには危うさしか感じない。


 しかし女性社員といい、この学生といい、なんでこう睨まれるのだろうか。そんなことを心中で嘆きながら、時折明かりが駆け抜けていく窓を眺め続ける。



「あの……鈴木さんとどういう関係なんですか?」



 ふと、学生がそんなことを尋ねてきた。どこの鈴木だろうか。


 うちの同僚に一人。営業には二人いる。高校時代には同じクラスに二人いたが今は何をしているだろう。山ほど出てくる取引先は顔も知らない奴の方が多い。

 彼の様子を見れば、気まずそうに顔を逸らしていた。駅について入れ替わる客たちを眺めつつ待つが、余計な口を挟んでいると自覚したのか静かになった。

 人の話は真面目に聞けと高校時代に教師に言われたのを思いだしながら、あくびを噛み殺す。再び電車が走り出した頃になって彼はためらいながら言葉を続けた。



「あなたの社員証を彼女が持っていました。それをどうすれば良いか相談されたんです」



 社員証を持っている相手で学生の知り合いなど一人しか予想がつかない。社員証は【地下迷宮】で置き去りにした鞄に入れてあったはずなのだ。


 迫りくる姿が脳裏に過ぎって背筋が冷えた気がする。現実ではまだ二日しか経っていないが、だいぶ恐怖は遠のいていた。そのまま忘れさせてもらいたいと思いながら、曖昧になった女子高生の顔を思い出そうとして諦めた。

 向こうではストレスにやられてカッターナイフで襲いかかってくるような奴でも、日常生活を普通におくっているのだろう。



「あー…………会社に届けるように言っておいて貰えると助かる。それじゃあな」



 顔も忘れた相手の犯罪を、その友人に語る必要もない。ましてや本人との関わりは欲しくもなかった。

 適当にあしらうように返して、駅に着いた電車の出口へと足を向ける。


 だがその対応は気に入って貰えなかったらしい。



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