【誘引】三回目1
帰宅するためのルートも出勤時と同様にしようと、乗り換え駅の一つ前で降りた。
違う駅で降りるというのは真新しい発見がある。具体的には良さげな飲み屋の発見などだ。
駅前で配られていたポケットティッシュについている割引チケットを見て、書かれたチェーン店の周辺を見て回る。居酒屋チェーン店の近くにあるのは良い店だというのは学生時代に学んだ。一つ通りを裏に入って古びた居酒屋ののれんをくぐる。
居酒屋は良い。誰も彼もが笑顔になって、くだらない話に興じて、面倒くさい諸々を忘れていく場所である。
そんな雰囲気に呑まれてしまったのだろう。
思った以上にストレスが溜まっていて、酒に呑まれていたのかもしれない。
上機嫌で帰宅しようとした足は、乗り換え駅の次の駅までという一時間のウォーキングを拒否していたらしく、気がつくと駅にいた。
酩酊状態になると判断力が落ちるという。
馬鹿笑いしてホームで騒いでいるサラリーマンたちを見ながら、人間ってのは本質的には成長しないのかもしれないと思いながら電車に乗る。
隣駅で乗り換えのために降りて、鼻歌交じりでトイレに向かおうと歩く。
だんだんと酔いから醒めていく意識と、どんどん冷めていく背筋。
いつのまにか止めていた鼻歌の代わりに、革靴が通路を叩く音がリズムを刻む。
「大丈夫、俺は落ち着いている。酒を飲んで道を間違えただけだ。冷静になれば、ちゃんと俺は現実に向き合える。きっと悪酔いして、道がちょっと長く見えているだけだ。賭けたっていい。なんなら一度道を戻ってもいいんだから、冷静になれ、俺」
自分が歩く音など日常では聞こえるはずもなく、地下通路がこんなに長いということもない。
もはや目を閉じて夢だと思い込む気にもならず、完全に酒が抜けた足は止まろうともしない。
緩やかなカーブを描く地下通路を歩き続けて、その先にあるT字路に駅中売店が見えた。
道を戻ることも出来ず、道にもどした。
次の話からはまた毎晩1時の投稿になります。