火曜日の喫煙所3
喫煙所でタバコの匂いと煙に包まれて、ストレスが燻蒸される。
仕事には欠くことができない癒しの空間で、蔓延する煙に浸りながら肺にも煙を満たしていけば心も満たされていくのを感じる。
嫌煙権とかでタバコ根絶が実現したらサラリーマンの自殺率は倍増するだろう。【地下迷宮誘引現象】の被害者ならば尚更だ。
喫煙所には女性社員も入ってきたので、後輩を盾にしている。
間に挟まれた後輩は、空気を察したのかタバコを吸い終えれば逃げ出しそうだ。そんな隙を与えないようにライターを取り出してもう一本吸わせる。
「先輩、目ぇヤバイっすよ?」
珍しいことに気遣うような言葉が後輩から漏れた。それに雑に返事をしながら、逃げ出さないように掴んだ肩は離さない。
周りを見れば、殺意とも怒りともつかないものに取り憑かれた愛煙者たちが、個々の好みに合ったタバコを楽しんでいる。
漏れ聞こえる会話に耳を傾ければ、どうやらメールにあったルームシェア禁止令が原因らしい。
後輩が昨日言ったことを実践しようと画策して、失敗例として社内報で実名を晒されたのだ。ここにいる愛煙者にも心当たりがあるのかもしれない。
その上でキレてここで癒されているのは、在宅勤務もダメだったからか。同じ境遇なのに共感するよりも笑いたくなるのは何故だろう。
「そこで相談だ。俺の家を貸すから、お前のほうも貸せ。トレードならシェアじゃないから問題ないだろう?」
互いに煙を吐きつけて睨み合っていた愛煙者たちが息を呑み、その手があったかと解決方法に気炎を吐く。中には喫煙所を飛び出していった奴もいた。
虚をつかれたような顔をする後輩の顔は、たしかに端正だ。挟んで向こうにいる女性社員だけでなく、気にかける奴が多いのは傍目にもわかる。
「えー? それじゃチャンスないじゃないっすか。先輩と一緒じゃないと意味ないんすよ」
そんな後輩が切なそうに目を伏せて、媚びるように見つめてきた。人事部のお局を始め、数名の女性社員が「捗る」とか呟くのが聞こえる。
顔が良いというだけで人間性が一切考慮されずに全肯定されるというのは、心底羨ましい。
そんな事を再確認しながら睨み返すと、圧の強い女性社員から、でゅふひ、という音が漏れた。笑い声なのだろうか。
「先輩ならいっぺん寝取られ体験させてくれそうじゃないっすか。それに俺がキレて二、三本骨を折っても、先輩なら許してくれると信じてるんすよ、俺」
どうやらお局たちはその言葉は聞かなかったことにしたのか、喫煙所が再び煙にまかれた。
これだけ明確なクズなのにモテるのだから、世の中とは理不尽である。
結局は目的違いということで後輩と家をトレードするのは断られた。とりあえず今日は、だが。交渉は粘り強く行わなければならない。
もともとこちらの骨を折るつもりでいる後輩だ。ならばこちらも後輩が折れるまで粘ってやろう。
週末なので次の話は一時間後に投稿します。