火曜日、昼食後
梅雨入り間近の空は昼過ぎになっても灰色で、シャツが体にへばりつく。
タバコに火をつけずに口に挟んで、胸元を煽ぎながら社屋ビルに足を向ける。
六本線の国道に詰まった車列を眺めつつ信号待ちをすれば、早上がりらしき学生たちが携帯ゲームに興じていた。
耳に刺さったはしゃぎ声で目を向ければ、その中の一人が【地下迷宮】に誘引されたと笑った。
チェシャ猫のように歯を見せて笑うその学生は成績が伸びたらしい。
興じているゲームになぞらえたらしく、ソロのレベル上げみたいなもので便利だと語る顔は得意気だ。周りの学生に羨ましがられて集中砲火を受けながら、楽しそうな悲鳴をあげて笑う。
なるほど、【誘引】されても前向きに捉えている者もいるらしい。
ネット検索ではこういう前向きな意見は埋もれてしまうのか、見ていなかった。
仕事に囚われたサラリーマンが失った柔軟性がとても眩しい。それでもこれから仕事に向かうのが負けているような気になり、思わずタバコに火をつけた。
走り抜けたトラックに煽られた煙が、意図せずしてその学生の笑みを曇らせる。
不快そうに窄められた目とあっても、かける言葉もない。
「路上喫煙は禁止されていますよ」
だがあちらはそう思わなかったらしい。
なだめる友人たちに構わず、まっすぐに人を見る様子に苦笑が漏れた。正しいことは絶対に正しいと言わんばかりの顔だ。
「そうかい。そりゃあ勉強になったよ」
肩を竦めて、変わった信号を渡る背中に舌打ちが聞こえた。
随分と前になくしてしまったものを苦く懐かしみながら、白と黒の上を歩く。
吐き出した煙も雨の降りそうな空も、白とも黒とも言えない。
あんな風に真っ白だった頃を思い出して、つられて真っ黒い奴を思い出した。自然と顔がしかめられ、タバコを吸いたくなる。
そのくそったれの泰然自若とした無表情を懐かしみ、苛立ちが溢れる。
もう二度と会えないだろうとも思うが、だからこそ姿を見せそうだとも思う。だが会えばろくなことにならないのは経験済みだ。
だが大抵のろくでもないことはこちらが拒んでも勝手にやってくる。
くそったれめ。