【誘引】二回目6
長い下り階段の果て。
見えているのはレンガ造りを模した壁と床。普段乗り換えに使っている連絡通路ではない。別の路線に向かう途中にある、デパ地下の近くにある大通り。当然本物のレンガではなく、そう見えるように模されたものだ。
本来なら一本道のその乗り換え通路は、幾つもの路地を擁していた。
頭上へと目を向ければ、まるで吹き抜けのビルを見上げたように幾つもの渡り廊下が組み込まれた景色。壁面に見えるのは案内看板の記号と矢印が散りばめられたレンガ壁。その方向はペイズリー柄のようにでたらめだ。
やはり今朝の通勤でたどり着いた出口は、乗り換え先の出口ということではないのだろう。単純に出口にたどり着ければ、現実のホームへと帰還すると推測する。実証するのは難しいことでもない。少なくとも前回は四日目には出られたのだ。
「案内看板をみる意味はないなら、他の基準があるのかだな」
あるいは、今朝は運が良かったのかもしれない。たまたま四日目に出口が現れただけで。延々と歩いて行き止まりだった可能性もある。当然、この先どこへ歩いていくとしても。
「つまり、出口にたどり着くのが運任せって可能性があるわけだな」
そんなことを呟く自分の口に、わかりたくもないことをわざわざ言うなと呟き返す。
なるほど、こんな状況で何日も過ごせば精神が不安定になるのもよくわかる。売店の納戸に隠れていた女子高生を思い返して、少しだけ共感した。
出口が見つからない中で見つけた食料と寝床が確保できる場所。それを奪い合うことへの恐怖は尋常じゃないだろう。だからといってカッターナイフで襲うのは、ためらいがなさすぎるとも思うが。
自分がそこまですり減る前に現実へと脱出したい。
「一本道なのに迷宮っていうのがおかしな話なんだろうな。いや迷宮って時点でおかしいか」
渇いた笑いをこぼしながら、一つ一つ路地を覗く。そのほとんどは行き止まりで、二つは行く末が果てしない。
「そもそも、出口ってどんな風になってたんだったか……確か、今朝は防火扉みたいなのを開けたらホームに戻っていたような気がするが……思い出せん」
端からドアを開けていけば脱出できるだろうかと、自嘲しながら路地の一つにあった扉に手を伸ばす。本来なら店舗付近にあるはずの、スタッフオンリーという注意書きのされた扉だ。
そんな簡単に出られるはずもないだろうと思っていたのを嘲笑うように、軽い目眩と一瞬の視界の暗転が起こる。
再び戻った視界には、帰宅の電車を待っているサラリーマンの群れが映っていた。幻覚かと思ったが、いつも通りの電車到着アナウンスも流れてくる。
「…………」
酒に酔って気分良く騒ぐサラリーマンが、電車に乗るのを見送る。
なるほど。女子高生がカッターナイフで襲いたくなった気分が、実感として理解できた。
理不尽に対する、八つ当たりである。