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【誘引】二日目5


「下ってきた階段を時間をおいて確認したら下り階段になっていた」



 何を言っているかわからないことを呟く自分自身に、何が起きているのかわかりたくない自分がツッコミを入れている気がする。

 精神が乖離しかけているような不安定感を覚えながら、ほかに行くあてもないため階段を降りている自分に気づく。



「上っていくつもりが下りている」



 少しでも口に出すことで精神の安定を図りたい。そんな思いを抱きながら、どこかで聞いたような言葉だと笑いが漏れてしまう。

 それを抑えようと顔に手をやれば、涙が溢れていた。


 相変わらず百段毎に現れる踊り場で笑いながらステップを踏んで一回転して、再び階段を降りていく。


 本来ならポスターが入っているはずの額縁が並ぶ壁には何の絵もないのに、その中に新緑の映える風景写真を思い浮かべて眺めたりする。

 帰ったら旅に出ようと決意して、旅行先の宿泊先を調べようとして携帯を取り出した。

 階段を降りながら再起動させて、ネット検索すれば簡単に答えが返ってくる。


 圏外だ。



「だよなっ! 知ってたよ! くそったれがぁ!」



 階段下へと投げ捨てた携帯が渇いた音を残して先に降りていく。いっそ自分も同じように下りていければどれだけ楽だろうか。そんな誘惑に惑わされても、足は勝手に階段を踏んでいく。


 三回ほど踊り場を通り過ぎ、画面がひび割れた携帯を拾い上げる。

 案内窓口で夜明かしした結果、道が変わっていた。その強すぎるストレスに逆らったハイテンションは、今は墜落して粉微塵だ。もう少しすればまた落ち込んだ反動でテンションが投げ飛ばされるだろう。そんな精神状態で、泣いたり笑ったりを往復している。

 より正確に言えば、今朝の通勤中も道が変わっていた可能性のあることに気づいたせいである。もしかしたら待っているだけですぐそばに出口が来たのではないか。あの四日間の行程はなんだったのか。



 階段を下り切った時には、またも心が折れていた。



 祈るように両手で携帯を掴み、ひびだらけの画面を操作する。昼間にダウンロードしていたネコ動画を再生して、喉の鳴る音を最大音量で流して階段に座り込んだ。


 帰ったらネコを飼いたい。

 通勤せずに家で撫でて暮らしたい。


 たまにうちに顔を出していた野良猫を思い出す。好物の甘エビを買って帰ろうと思ったが、同居人が出て行った夜から三か月、あの野良猫も見ていない。ダメだ、違うネコ動画を見て忘れよう。ネコネコネコニャーニャーニャーだ。



 無限ループに癒されながら、そんな逃避思考もやがて停止したらしい。


 半ば以上に抜けた魂が、よだれとなって床を濡らしていた。もはや取り戻すこともできない魂をそのままに、リセットされた思考と精神が冷静に状況を確かめはじめた。


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