美味いタバコ
想定外の出来事があったせいで、結局は家に帰ってきた。
女性四人はとても楽しそうに歓談しており、俺が帰ったことに気づくまで少しかかった。縁側に腰掛けたり、庭で好きに椅子を置いて座ったりと自由にしていたためだろう。
こちらを見て笑い出す面々に、苦笑を返す。
ケーキの詰まった箱を抱えてエコバッグを下げた自分の姿は休日のお父さんといった風情だ。似合わなすぎて笑うしかない。
庭にいた中野が死にそうな顔で草むしりをしているのは見なかったことにした。
ケーキが詰まった箱をテーブルに置いて、お茶のおかわりの用意をしながら皿を取り出していく。
中野姉が弟が振られてしまったと余計なことを伝えてくるのを無視して、買ってきたケーキを皿に移していく。
「キミは食べないのかい?」
「ケーキよりはタバコがいい」
冷蔵庫からパックを取り出して、別の平皿に中身を移しながら答えを返す。そんなやりとりに仲睦まじいなどと揶揄いが飛んだ。
妻を【地下迷宮】に迎えに行ったのだと、どこぞの神話のような話にされているらしい。まぁ、大筋では間違っていない。【地下迷宮】で悪さをしているのがその当人だというのは黙っておく。
しかし俺の代わりに証言するものがいた。
下げていたエコバッグから飛び出して、縁側へと歩きながら蕩々と語る。
「ヒャー。ヒャーんむ? ヒャー」
定位置である胡座の上。そこで丸くなろうと思ったのだろう身体が、そっと抱き上げられる。
「ヒャー」
鼻と左目の下に濁点のように白い箇所が並んだ野良猫の顔を、変わらない無表情が信じられないものを確かめるように凝視する。
「お前にはこの猫は死んで見えるか?」
同じ野良猫が死んで見えるかと問われたことを思い出し、少しいじわるなことを言ってみる。
「…………それは、随分な難問だね」
ゴロゴロと喉を鳴らす野良猫を胡座の上に下ろし、こちらが差し出した平皿を受け取る。
甘エビに食いつく様子は以前と全く変わらず、それを撫でている姿が以前と重なる。
「しょうがない。甘エビのお礼にタバコを吸わせてあげよう」
そう言った手に握られたライターに火が灯る。
甘エビの臭いがついた手で摘んだタバコを咥えて、その火に寄る。
梨とも蓮とまつかない香りと、タバコの臭いと、甘エビの臭いが混ざりあって肺に吸い込まれる。
あぁ、久しぶりの美味いタバコだ。
「キミは本当にタバコが好きだね」
呆れたような、しょうがないと言いたげな声が漏れる。
猫を撫でているその隣に腰を下ろし、その無表情な横顔を眺める。
こうやって吸うタバコが一番好きだと、言葉にする代わりに煙を吐いた。