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野良猫

 腹に突き立ったナイフが引き抜かれて、何度も突き立てられる。



「お前がっ! 恋人を! 私の、私のぉっ! 恋人ぉぉぉ!」



 完全に常軌を逸した老人が叫ぶたびにナイフが振るわれて、辺りに血飛沫が舞う。

 刺されている当人はまだ意識もあり、殺されるという実感に小便を漏らしている。



「ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。本当にごめんなさい」



 その口から漏れているのは目の前にいる相手への謝罪と懇願。

 だが言われた側を見れば、そんな言葉を受け止めるどころか理解する様子さえ一切ない。その顔を瞬きもせず見つめ返し、裂けたように口が開かれて一言だけ答えた。



「フシャーッ!」



 野良猫は非常に怒っているらしい。【地下迷宮】の縁側で見た巨大な姿ではなく、どこにでもいるような普通のサイズ。

 その姿からはただの野良猫としか思えないが、今【地下迷宮】に【誘引】されたのはこいつの仕業だと直感していた。


 ナイフを構えた老人が俺にぶつかる直前、こいつが鳴く声がして、俺はこの【地下墳墓】のような場所にいた。その直後、響き渡ったのが老人の狂ったような叫びだ。


 その被害者となっている隣人が野良猫からどんな恨みを買っているのか、説明するまでもない。

 ナイフが突き立てられるたびに絶命しかけて、その直前に身体が完全に修復される。逃げようとできるのはほんの一瞬だ。それを逃すまいと、身体に再びナイフが突き立てられる。


 延々と繰り返されている殺害風景は、本来なら自分がそんな風にして殺されていたのだと否応なく実感させた。


 だが老人はこちらも野良猫も見えていないのか、ただひたすらに隣人にトドメをさそうと躍起になって正気を失っている。

 それでも流石に疲れは溜まるのだろう。荒れた息を整えようとする間に隣人が悲鳴を上げて逃げ出し、叫びながら老人が追っていく。


 それを見て満足したように、野良猫がこちらを見て胸を張った。



「ヒャー」



 言葉がわからなくても、自慢していることはわかった。



「んにゃむん、ヒャー。ヒャー。にゃーむ」



 顔を洗いながら語る言葉は全くわからないが、周囲の景色ぐぼやけていくことで、現実に帰されるのだろうと予想する。

 うちで餌を与えていた礼に、命を救ってくれたのだろうか。



「今度、墓前に甘エビ供えてやるよ」



 そんな言葉に、野良猫の目がきらりと光った。




次で最終話となります。一時間後に投稿します。

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