【誘引】二回目4
正直、要望を書いて実現されるとは全く思っていない。自社アンケートだって【誘引】被害があるか調査して一月以上経った。所詮そんなものはただのポーズだとわかっている。
それでも多少なりとも吐き出してしまいたいものもあり、気づけば数枚にわたって書き連ねていた。
「……要望というか、文句かも知れんが……まぁ、いいか」
軽く読み返して少し冷静になったが、そのまま投函箱に突っ込んだ。
大した事は書いていない。
営業中なら誰か置いてくれとか、トイレを増やしてくれとか。距離があり過ぎるとか、断りなく誘引するなとか。
至極、当然の要求だろう。
壁にかかった時計を見れば、一時半を回ったところだった。
本来なら深夜であり、案内窓口も閉まっている時間だが閉まる様子はない。
とりあえず今日はもう疲れたのでここで寝る。携帯の充電をしようと思って充電ケーブルを売店に置いてきたことに気づいた。大して使っていない携帯の電力は半分しか残っていない。
どうせ時計とズームしか使い道がないので電源を落とした。
備え付けのソファーに横たわると硬い感触が返ってきたが、地下通路に比べればはるかに寝心地が良い。
仕事と逃走による疲労が溜まっていたのだろう。
何の夢も見る事なく、目覚めた時には昼近くになっていた。
汗だくで冷房の中で寝たせいか、だるさが残る身体が重い。
再度カウンターを確認しても人影はなく、券売機がノイズまじりの画面を晒しているだけ。
せめて【地下迷宮】に使える駅構内地図でもないかとパンフレット類を確認しても、どこの駅かさえ読むこともできない言語の駅構内地図しかなかった。
仕方がないので、昨日ここまできたルートを思い返してみる。
たぶん売店で追われた際に右の通路を走り、階段を駆け下りて裏側に走った。
右か左の角を曲がって階段を降りた、と思う。
そのあとはしばらく走り続けて、息が上がってタバコを止めようとか思いながら階段を這い上がった、ような気がする。
そのまま支柱が並んだ通路を歩いて、半ば貧血状態で床に転がった。
若干あやふやな部分もあるが、案内窓口から売店まで最大でも三時間もあれば戻れる距離だろう。
問題は襲ってきた女子高生だが、戻らないわけにもいかない。
売店に置き去りになった鞄には会社支給のタブレットPCが入っている。そうでなくても名刺入れと写真付きの社員証もあるので、拾われれば持ち主の特定は容易にできるだろう。
既に手遅れという可能性も高いのだが、あの女子高生に個人特定される事態は回避したい。現実で被害者と加害者を逆転されたら、成人男性が女子高生に勝てる可能性は絶無だ。
別社屋への異動願いを出すことと、最悪転職することさえ考えながら、まずは売店まで無事にたどり着くことを目標に歩く。
まずは下りてきた階段を上るために、緩いカーブを描く通路を歩くことしばらく。
通路の突き当たりにある階段を確認して、俺は目を閉じて呟く。
「あー、うん。夢だ。全部夢。今日はきっとまだ日曜日で、長い夢を見ているんだな。そろそろ目を覚ましたっていいんだぞ? なぁ、俺。起きようぜ。本当、頼むから目を覚ましてくれ」
恐る恐る開いた視界に映るのは、下り階段だった。
次の話からは、また毎晩1時の投稿になります。