最低と最悪8
「ヤる、というのは生殖、捕食、殺傷、その全てだとすると、このあたりが妥当かい?」
後輩の背後、長机の間で何かが倒れたような音がする。
固まった表情のままに振り返り、それを確かめた後輩が後退った。立っていた長机を踏み外し、上段の長机に腰を落とす。
「一応いくつか置いておくが、こちらはあまり放置されても死ぬから、都度用意するほうがいいかな」
平然とした声と、すすり泣く声。命乞いをする声は全て同じ声質なのに、全く別の声音のようだ。
講堂のようなすり鉢状のこの場所を、その声だけが聞こえている。
「うわぁっ! は、離せよクソっ!」
そこに後輩があげた悲鳴が混ざった。踏みつけるようにして足を振るい、立ち上がることさえ忘れて這うように四つ足で上段の長机へと逃げる。それを掴もうと伸びる血塗れの手が見えた。
もはや後輩の目には階段で火のないタバコを咥えたままの俺も、怯えた姿を見つめる恋人も見えていないのか、そのまま四つ足で上段へと走り抜けていく。
「顔の歪みに偏りがあるね。他を合わせてみようか」
そんな言葉と共に、視界のあちこちに人影が現れる。
後輩のように楽しそうな笑顔。
パンクのような泣き顔。
俺のようなしかめっ面。
欲望まみれの嘲笑うような笑み。
妄想に耽りよだれが垂れそうな顔。
それ以外にも、呆けた顔や怒りに満ちた顔、照れ顔や沈んだ顔…………。
その全てが同じ姿をしているのに、表情や仕草には全く見覚えがない。酷い違和感に吐き気がしてきた。
照れ顔でこちらを見るくそったれなど、目が合うだけで背筋が寒くなる。
長机を上がった後輩の眼前にも一人居て、不快そうに見下しているのが見えた。
見据えられた後輩は怒鳴りつける気力も削がれ、暴れる気力も尽きたらしく座り込む。
「……っ……おまえ……なんなんだよ……」
「テメェが望んだことだろうが!」
後輩の漏らした震え声は長机に上がる音で掻き消され、怒声と共に蹴りつけられて宙を舞った。