【誘引】二回目2
どこをどう走って逃げてきたのか。
四日間の通勤時と同じくらいに汗だくになり足腰が震えて、肺が飛び出そうなほどに息が上がっている。
その甲斐もあり、どうやら女子高生の脅威からは逃げ切ったらしい。
代償は鞄と中身。戦利品はレジ打ちする前に胸ポケットに入れていた一箱のタバコである。
意図しなかったとはいえ万引きであり、犯罪だ。
戻すにしろ代金を払うにしろ、戻らなければならない。
だが微塵も戻ろうという気が起きない。
鞄も置いたままで食料も水もない、今の状態ではいずれは死ぬかもしれない。それはわかっているのだが、即死する危険に自ら突っ込んで行くのは自殺行為だ。そういうのは警察にお任せしたい。あるいは駅員か。
「……駅の中って警官いるんだっけか……」
そんな専門的な部署があると聞いたことがあるように思ったが、その言葉は出てこない。当然その姿が出てくることもない。
思い出そうとしながら辺りを見渡せば、逃げ回った間に大きな通りに出ていたらしい。支柱らしき円柱が一定間隔で並び、路線名と矢印がまばらに貼り付けられている。普段使っている乗り換え路線以外にも路線名が記載されているが、まるで見たことがない外国語のような文字の物もあった。
そんな中に、緑色のマークを見つけた。机を前にした帽子を被っている人のマークだ。
大きな駅構内には必ずある案内窓口が、【地下迷宮】にもある。その事実に指し示す方角へと向いた目が、正面の右手に見える下り階段へと促された。
それほどに離れていない距離にあるそこへと歩いて、階段下が見えるか確認する。百段ほどの階段を見て短いと感じてしまうのは、今朝の通勤で一日中上り階段を歩いたせいだろう。
無人化した売店とは違い、人が常駐している場所なら誰かいるのだろうか。そんな期待を抱きながら、ゆっくりと階段を降りていく。
正直、誰かに助けを求めたい。
初めて誘引された日の復路で、また誘引されたのだ。被害者同士で共感したかった。まさか共感するより前に斬りかかってくるような奴ばかりだとは思いたくない。
駅員や警官なら、少なくとも愚痴くらいは聞いてくれるのではないだろうか。
そう思って、一つの可能性に気付いた。
「……駅にいる警官って、拳銃持っているのか?」
それは更に高い危険性だった。
週末なので次の話は一時間後に投稿します。