欲望の厨房
家紋 武範様主催『隕石阻止企画』参加のため、掘り起こして参りました。
注意!
本作品には一部過激な食事表現が含まれます。
空腹時、深夜の閲覧はお勧めしません。急激な食欲の昂進に襲われる場合があります。
満腹時、又は手近に食べ物を用意しておく事をお勧めします。
「今日も美味かったよ」
「ありがとうございます。またよろしくお願いいたします」
お忍びで来ていた政治家先生がお帰りになって、今日の営業が幕を閉じた。
「シェフ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様です! 今日の料理も最高でしたね!」
「あぁ、俺も金持ちになってここのフルコース味わいたい!」
「フルコースに限らずシェフの全てを味わいたい……」
「ありがとう。君達のお陰で今日もお客様を満足させる事が出来ましたよ」
「そんな事ないですよ!」
「シェフの腕あってのこの店ですから!」
「あんな有名な政治家さんまで来るなんて!」
「流石シェフ……。一生ついて行きます……」
スタッフが笑顔で私を讃えてくれる。本当に良いスタッフに恵まれた。この店を開いて約十年、超高級フレンチとして各界の著名人から評価される店になったのは、ひとえに彼ら彼女らのお陰だ。
……それゆえにこの後に控える、欲望を満たすためだけの私の昏い趣味が申し訳なくもあるのだが。
「片付けは後厨房が少しと、先程のお客さんのテーブルだけです」
「ありがとうございます。では残りはそのままで良いですよ。明日は休みだから後は私がやっておきます。君達は先に上がってください」
「シェフ、いつもすみません」
「たまにはお手伝いさせてくださいよ!」
「それでそのまま一緒に飲みに行きましょう!」
「明日は休みですから朝まで一緒に……」
勤勉で優秀なスタッフ達。だが、いやだからこそ、今日これから来る『客』と会わせる訳にはいかない。
「いいんですよ。月終わりの休みの前日は、片付けながらその月の仕事を一人噛み締めたいんです」
「シェフ……」
「すみません。しょうもない拘りだとは分かっているんですが」
「そんな事ないですよ!」
「かっこいいと思いますよ!」
「オーナーなんだから好きにしてください!」
「惚れます……」
私の嘘を肯定的に捉えてくれるスタッフ達。素直で助かる。
「皆着替えたかな。じゃあこれで美味しいご飯でも食べて来るといい」
「良いんですか!?」
「ありがとうございます!」
「いつもいつもすみません!」
「お金よりもシェフがいいです……」
用意しておいた封筒を渡すと、スタッフが思い思いの礼を口にする。毎月の事なのに律儀に感謝してくれるのが、嬉しくも少し心苦しい。
「それじゃあ皆、お疲れ様」
「じゃあまた明後日!」
「お疲れ様でした!」
「今月もありがとうございました!」
「休みなんて無ければ良いのに……」
店を後にするスタッフを見送って、扉を閉めて、少し待ってからもう一度扉を開けて、誰も戻ってこないのを確認して、扉の鍵をかける。
「くくく……」
思わず下卑た笑みが溢れる。さぁ、私の月一の悦しみを始めよう。
こんこん。
遠慮がちなノックの音。時間通りだ。鍵を開けて待っていた『客』を招き入れる。
「こん、ばんは……」
「待っていましたよ」
制服に身を包んだ女子中学生。恐怖か罪悪感か分からないが、毎回この扉をこの青ざめた表情で開ける。
……くくく、どうせものの一時間と経たないうちに、蕩けただらしない表情になるというのに。
「……あの、今日も、よろしく、お願い、します」
「さぁ早く中へ」
公に出来ない事をしているんだ。早く入ってもらわないと困る。店内に入れると外を確認して鍵を閉める。これで私の悦楽を邪魔する奴はいない。
「……あの」
「お座りなさい」
「……はい……」
何かを言わせる隙も与えない。少女の目の前で柔らかな肉を白く濃厚な汁で蹂躙する。
「え、あの」
「するべき事は分かっていますよね?」
「……はい……」
躊躇っていた少女が、私の言葉におずおずと白に染まった背徳的な肉を口に含む。
「!」
目がまん丸に開かれる。今日の前菜は鴨のコンフィ。しかしただのコンフィではない。この店では絶対に出せないフライドガーリックを細かく砕いて混ぜ込んだガーリックマヨネーズをかけ回してある。このジャンクな味に若い肉体が抗える筈がない!
「……! ……!」
先程までの怯えは何処へやら。夢中で口に運ぶその様と表情。だから抵抗など無意味なのだ。
「……あ……」
最後の一切れで正気に戻る。だが今更遅い。もうそれを口にしてしまった以上、これから私の要求には全て是と答えるしかないのだ。
「さぁ次です。残さず啜りなさい」
「……あぅ……」
この熱くとろりとした汁にむしゃぶりつき、脳髄まで本能と欲望に支配されるがいい!
「……ん……」
スプーンを取って掬い、小さな唇をつける。湯気と共にその口の中に吸い込まれていく。
丁寧にアクを取り続けた澄んだコンソメスープ。それにフライドオニオンとチーズを放り込み、オニオングラタンスープ風に仕立ててある。幼い舌には繊細な味よりこちらの方が効くだろう。
「……はぁっ……」
のけぞるように天を仰いだ少女の口と天井が湯気で繋がる。その恍惚とした表情! そうだ! それが見たい! もっとだ! もっと見せろ!
「……んっく、んっ……、んっ……」
乳飲み子が母の乳を求めるような必死さで、少女はスープを喉へと流し込む。非常に蠱惑的な光景だが、まだだ。私の快楽はこの先にある。
「これで終わりだなんて思ってはいませんよね?」
「!」
私の出したそれに、少女の目が釘付けになる。覚悟はしていただろうが、この太さと大きさは流石に予想外だったようだ。声が震えている。
「あの、そんな大きいの、私……」
「何か?」
「いえ……、分かり、ました……」
鱒のムニエルを残り物のバケットから削った衣に包んで揚げてある。バターが絡んだ身を更に油に浸す、繊細な料理を旨とする自分の店への冒涜とさえ言える料理だ。だが、
「……ふぁ……!」
この少女の顔をぐしゃぐしゃに崩させるには十分だ。店に来た時の緊張などもはや欠片もない。さぁ、私の欲望を体現した肉をぶち込むのは今しかない。
「さぁ、メインディッシュです」
「……え、あ……」
目の前に出された肉の塊に、我に返ったようだ。だがここまで来て引き返せるはずもない。
「……あの、ダメです、こんなの……」
「拒否権はありません」
「!」
「口を開けて頬張りなさい」
「……はい……」
観念したようだ。少女はその薔薇のような唇で、赤黒い肉に口付ける。
「あっ……」
一度口を離したが、私の厳しい目を見て、
「……はむっ……」
諦めたようにその口に肉の侵入を許した。
「んっ……、んはっ……」
少女の口には大きすぎる私の肉塊は、少女の口内を蹂躙し、溢れ出た汁はその喉へと流れ込んだ。顔が恍惚に染まる。あぁこれだ! これが見たかった!
「どうですか? 味は」
「……あ……、おぃひぃ、れす……」
呂律も回らない程の悦楽に身も心も浸した様子の少女。切れ端の寄せ集めとはいえ、純国産A 5ランクのサーロインステーキ。それをトマトケチャップをベースにした甘口のソースで浸したそれは、少女の理性を完全にノックアウトしたようだ。
「まだ終わりではありませんよ。むしろここからが本番だと言うべきでしょう」
「……はぇ……?」
虚ろな目をする少女に突き付ける白い頂き。焦点の定まらないその目にも、その恐ろしさは理解出来たのだろう。
「……あ、私、そんなの、入りません……」
「入らない、じゃありません。入れるんです」
「……はい……」
対抗しても無駄と分かったか、少女はスカートのホックに手をかける。くくく、そうだ。それでいいんだよ!
「さぁ、早く。待っていても終わりませんよ」
「……はい……」
私は目の光の消えかけた少女に、生クリームをこれでもかと乗せたパウンドケーキを促す。
「……いただきます……」
覚悟をしてフォークを取る。眉に力を込めて口に放り込んだ少女の目が変わる! そうだろう! 重いと思い込んでいた生クリームが軽くて驚くだろう!
生クリームに牛乳を混ぜ込んで泡立てる事で、味わいを保ったまま、軽いホイップが出来上がるのだ! 勿論パウンドケーキも極限まで泡立てた卵白を使用し、軽い舌触りを実現している!
「美味しい……! 美味しいです……!」
目に涙を浮かべながら、フォークを口に運ぶ少女。さぁではお支払いの時間といこうか。
「これが今日の支払いです」
「こんな……! 高過ぎます……!」
私が示した金額に、悲鳴に近い声を上げる。だが食べた以上支払うのは当然だ。毎回の事なのに抵抗が無駄だという事が分からないのか。
「食べた以上は払わなければなりません」
「……でも……」
「払えないならどうなるか、分かっていますよね?」
「……はい……」
ようやく私の出した金を受け取った。こちらの料理研究への協力という建前で、私の料理を満喫する顔を堪能しているのだ。金を払わなければそれは成立しない。
「では人に見られないよう気をつけて帰りなさい」
「ありがとう、ございました……」
裏口の鍵を外し、ドアを開くと思い出す。半年前の雨の日、ゴミ出しにこのドアから出た私の目に、飛び込んできたうずくまる影。腹を鳴らし、震えるそれに余り物を与えたのは、ただの気まぐれだった。だが、
「ふわ……! おいしい……!」
その素直かつ純粋な感想に、美辞麗句で褒められている内に忘れかけていた「人を料理で笑顔にしたい」という本能的な欲望が目を覚ました。
問わず語りで聞いたところ、両親が離婚し、引き取った母親は新しい恋人にかまけてほとんど放置されているとのこと。
だがそんな事はどうでもいい。少女は私の料理を誰よりも美味そうに食べる。それが全てなのだ。
「じゃあ、あの、また来月……」
「えぇ、必ず来てください」
「……いつも、ありがとう、ございます……」
「礼を言われる筋合いはありません」
あくまでこの関係はギブアンドテイクだ。私は残り物の材料で料理を食べさせる。少女はそれで満たされた表情を私に見せる。それに対して対価を払い、また来月来る事を約束させる。
「でも、店長さんと会えなかったら、今頃……」
「お互い様です。私だって貴女と会っていなければ、大事なものを失っていたのですから」
「!」
超高級店と祭り上げられ、高級な食材を扱い、求められる料理を作り続ける日々。人から見れば大成功の人生で置き去りにしかけた幸せを、この少女が拾い上げてくれたのだ。
「私、店長さんのお役に立ててるんですか……?」
「そうでなければ毎月来させませんよ」
「……ありがとうございます……! じゃあ、また……!」
少女は今日一番の笑顔を見せて店を出る。何だ今のは! いつもはおどおどとしていて、食べている時は惚ける顔も、すぐ緊張に戻ってしまうのに!
あの状態で料理を食べさせたら、どれ程の表情を見せたのだろう。想像するだけで昂る。惜しい事をした。
まぁ来月の楽しみだ。厨房を片付けながら次の料理のアイディアを練ろう。人には決して話せないが、これだからこの昏い趣味は止められないのだ。
読了ありがとうございます。餌付けは浪漫。あくまで浪漫。
ちなみにシェフは変態の中の紳士なので、少女の貞操は今後も無事です。シェフの方は早めに気づいた方がいい。
今後も統一性のない短編を書きつつ、連載を続けて行きますので、今後ともよろしくお願いいたします。
2021/5/9追記
サカキショーゴ様から感想で
『是非ともあとがきに料理のイラストを入れてほしいですな!!』
とコメントを頂きましたので、オニオングラタンスープ描いてみました。
どなたか! どなたかお客様の中に絵師の方はいらっしゃいませんか!
私にはこれが限界です!
2021/5/19追記
秋の桜子様から、FAを頂きました!
鴨のコンフィ!
ガーリックマヨの描写まで完璧で、実に美味しそう!
サカキショーゴ様、素晴らしいのが来ちゃいましたよ!
秋の桜子様、本当にありがとうございます!




