帝国の魔法少女
「ここは引き受けます。早く下がってください」
「しかし……」
「いいから早く! 巻き込まれても知りませんよ」
「――ッ! 了解した」
隊長は自分よりもはるかに幼い少女の助けに何か思うところがあったようだが、彼女の臆しない物言いに即座に撤退していった。
そのやり取りを行っている間も完璧に三〇を抑え込んでいた。
「だれ?」
今まで魔法少女の一撃を止められる敵と三〇は出会ったことがない。
普通に考えると魔法少女を止められるのは魔法少女である。
目の前の少女からはただならぬプレッシャーのようなものを感じる。
原因の一つは、恐らく彼女の格好が異様であるからだろう。
水晶のような光沢をもつ装甲で構成された鎧を身にまとっている。まるで中世の騎士のような精悍さを感じさせる。その一方で、鎧下にはフリルやリボンが施されたドレスのようになっており、お姫様のような可憐さも感じさせる。
「私は……私は魔法少女保護機構所属の魔法少女アリシア・クルージス。あなたを救いに来ました」
しかし彼女の言葉の意味を三〇は理解することができなかった。
(ホゴ? スクウ? 何それ?)
生まれたときから強制収容所で生まれ育った三〇にとって、今の生活から抜け出すことなんて考えたこともない。今の生活から解放されるときは、それは兵器として役に立たなくなったときだ。三〇はまだそうなる予定はない。
(わたしがやるべきことは目の前の敵を殺す。それが命令だから)
ゆえにアリシアと名乗った少女に刃を向ける。
その反応にアリシアは悲しそうに端整な顔を歪めるが、三〇は異に返さずに襲い掛かる。
「殺す」
いつものように相手の首めがけ刃を走らせる。
この首狩りを避けた敵は一人もいない。
一撃必殺の一太刀はアリシアの首に吸い寄せられるような軌道をたどり、しかし彼女の薄皮一枚たりとも斬ることはできなかった。
アリシアの半歩前を刃は通り過ぎたのだ。
「あなたと戦いにきたわけじゃない。あなたを助けに……いや、あなたたち帝国の魔法少女を保護するために――」
何か話し始めたがお構いなしに縦横無尽に刀を振るう。
――刺突
――横薙ぎ
――唐竹割り
どの一撃も彼女にかすりもしない。
「……死ね……死ね……死ね……死ねぇッ」
このような経験のない三〇は焦りを感じ始め、だんだんと太刀筋が荒くなり見当違いの方向に太刀筋がぶれることが多くなる。
ただでさえ当たらないのに、そのせいでアリシアの命を断ち斬る希望がなくなっていく。
(当たらない……あたらない……なんでアタラナイ)
さらにアリシアは兵士をかばった時以来、右手に持つ氷のように透き通った刀身を持つ大剣を一度も使っていない。
その事実に三〇の焦りが加速する。
(殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ…………じゃないと処分される)
アリシアはまるで三〇の攻撃がどこを通りどこを狙っているのか、すべてが見えているかのように躱す。
さすがの三〇も休みなく刀を振り続ければ、息が上がり疲れが見え始める。
「できれば強引な手は使いたくなかったけど……」
ゾクリと背筋が凍るような怖気を感じる。
それが何なのかは分からないが、本能の命じるままに大きく後ろへと飛び退る。
その一瞬後に、先ほどまで三〇が立っていた地面の近くにアリシアの剣が深々と突き刺さる。
「なに……そのデタラメ」
大剣が突き刺さった地面の周辺が、瞬く間に凍り付き始めた。
季節はもう春の終わりごろであり、このように自然に凍るというのは考えづらい。いや、そもそも極寒の冬であっても脈絡もなく突然凍り付くなんてことが起こるわけがない。
超常現象のせいで一瞬頭が真っ白になったが、そのおかげであることに気付くことができた。
(魔法少女って言ってたけど、防壁がない)
アリシアは奇特な装いではあるが、魔法少女の一番の特徴である淡い光を身にまとっていない。
(苦手だけど、これなら殺せる……はず。避けれるわけがない)
敵との距離が開いたことを幸いに、懐にしまっていた拳銃を取り出す。
パンッと渇いた音が何回も響く。
弾奏の空になるまで撃ち続け、大半は逸れてしまったが、少なくとも一発は確実に当てられた。
だが、放たれた弾丸はアリシアの足元に散乱している。
もちろん彼女に傷一つ付けることはできず、それどころか甲冑に汚れすら付着しなかった。
意味が分からない。
防壁を纏ってもいないのに銃弾を弾き、剣で斬った場所を凍り付かせるデタラメな力。
アリシアは本当に三〇たちと同じ魔法少女なのか?
全く勝ち目が見えないほどの、絶望的なまでの戦力差が両者の間に存在する。
だが逃げることはできない。
戦い続け、進み続け、敵を殺し続けなくてはならない。
どれだけ絶望的であろうと三〇は戦場に立ち続ける。
それが帝国の、魔法少女という名を与えられた軍事兵器に求められる役割である。
ゆえに三〇は再びアリシアに刃を向ける。
だがその剣先は定まらず、ゆらゆらと動き続けている。
「これで終わりにする」
そんな三〇の様子に何を思ったのか、アリシアは大剣を鞘に納めてしまう。
彼女が指を鳴らすと同時に、氷の結晶が周囲を漂い始めた。
「例えあなたを氷漬けにしてでも、帝国から解放してみせる」
氷の結晶を手のひらに集結させる。
「《凍てつき捕らえよ【氷獄――ふみゃっ⁉ 」
氷の結晶を一点に集め何かをしようとしていたようだが、だがそれが成ることはなかった。