帝国の魔法少女
ブカブカの黒い軍服の裾を風にたなびかせ、散開しながら敵陣に突貫する。
前線の兵士たちがこちらに気付き、慌てて弾幕を張る。
大半の銃弾は明後日の方向に反れているのだが、それでも何発かは命中する。
だが魔法少女の前では、銃弾程度無意味である。
体を覆う淡い光に触れると同時に、銃弾は先端がつぶれ地面へと落下する。
この光こそ魔法少女を守る防壁であり、並大抵の攻撃では貫通することは叶わない。
この防壁があるからこそ、魔法少女は帝国の最強兵器なのである。
「…………ッ」
当たっても貫通こそしないが、着弾の衝撃による痛みは存在する。
初めて戦場に立ったころはこの痛みで立ち止まっていたが、もうそんな醜態は曝さない。
もう痛みには、慣れた。
「まずは、一人」
三〇は弾幕圏を潜り抜け敵陣に肉薄する。
手近にいる一人に狙いを定め、一閃――。
敵の首と胴体が永遠に離れ、その断面から血を吹き出しながら地面に倒れる。
「「「…………」」」
前時代的な武器を手にした幼さの残る少女が、銃弾をその身に受けながら敵兵を斬り殺す。骨を断つことが不可能とされる刀で、首を切断するというおまけつきである。
そのあまりにも現実離れした光景に周囲が静まり返る。
「……銀の……悪魔…………銀の悪魔だッ」
誰かが発した一言で周囲にざわめきが戻り、だが同時に極度の緊張が辺りを支配した。
三〇は次の獲物を探し瞳を巡らせ、一人の敵兵と視線が会う。
「あ、う……うぁああああああああ」
次の獲物として目をつけられてしまった不幸な敵兵は、恐怖のあまり味方が近くにいることも構わず銃を乱射し始める。
だが日ごろから軍人として訓練を受けている賜物か、狙いは多少狂ってはいるが、そのほとんどが三〇へと突き刺さる。
しかし、銃弾を異に返さず進み続ける。
(銃弾なんて痛いだけ)
そして敵の目の前までたどり着くと、無造作に刀を横に振りぬいた。
きっと彼が最後に目にしたであろう光景は、上下反転した首のない自らの体だっただろう。
「離れろ! こいつで吹っ飛ばしてやる!」
対戦車ロケット砲を肩に抱えている兵士が叫ぶ。
(なに、あれ?)
だが三〇にとってそれは初めて見る兵器で、なんで敵が急に逃げているのか分からず首を傾げた。。
彼は目標の周囲から味方が離れたのを見計らってトリガーを引いた。
滴型の先端が白煙を吹きながら隼のごとき速度で三〇に喰らいつく。
直後、個人兵装において無類の破壊力を誇り、戦車の分厚い装甲すらも食い破る爆発が三〇を襲う。
この時、共和国軍の兵士たちは勝利を確信していた。
いくら銃弾の効かぬ化け物が相手でも、ロケット弾の威力の前に立っていられるはずがない、と。
「やった……のか?」
立ち込めていた白煙が風に流され、彼らの淡い期待は裏切られた。
辺り一面焼け焦げた大地に三〇は立っている。
多少軍服が破け肌色が見えているところもあるが……全くの無傷である。
「今度はこっちの番」
「退けぇえええええええええええええええ!」
敵部隊の隊長は判断が早かった。抑えきれないと見るや即座に撤退を決めた。
「後ろを振り向くな! 全力で走れ!」
しかし、いくら過酷な訓練を積んだ兵士よりも、魔法少女の身体能力の方が残酷なまでに上なのである。
背中を曝した兵士を追撃し、一人また一人と斬り殺していく。
完全に三〇の独壇場と化した。
次の獲物を刈り取ろうと振った刀は、しかし止められた。
三〇とそう年齢は変わらないであろう少女の大剣に。