帝国の魔法少女
緑色の軍服の集団が草原を断ち切るような、横に伸びる防衛線を構築している。
遠目からでもあれに攻め込む無謀さは分かる。おそらく敵はこちらの何百倍もの人員が動員されていることだろう。
この人数差は本職の軍人はおろか、戦の神ですら裸足で逃げ出すだろう。
だが逃げ出すことは許されない。
どれだけ無謀であっても戦わなくてはならない。
死のうが生き延びようが誰も気に留めない。
帝国の最強兵器『魔法少女』、ただ命令に従い敵を打ち倒すだけの存在。
それが彼女たちなのだ。
「それじゃあ始めようか」
三〇のそのつぶやきに三七は獰猛に笑み、他の娘たちは緊張したような面持ちになった。
「いっくよー!」
その言葉を皮切りに少女たちは魔力を解放し、体の表面に淡い光を張り巡らせる。
そして虚空に描かれた幾何学模様の魔法陣から、己が武装……三〇は刀身に反りのついた刀を、三七は槍のように長い柄に三日月のような刃のついた大鎌を取り出す。
だがこのようにして武装を展開しているのは、この二人だけである。
ほかの娘たちは身の丈ほどもある機関銃を抱えている。
「やっぱり三〇さんと三七さんはすごいですね。わたしたちとは全然違う」
刀の触り心地を確かめていると、一人の少女が感嘆と共に話しかけてくる。
(この娘、だれだっけ?)
三七以外とは今日の作戦前に会ったばかりである。一応そのときに自己紹介のようなものをしたはずなのだが、おそらく彼女とは短い付き合いのはずだから覚えていない。
「あっ、七六です。わたし七六」
「そう。七六は何か用?」
「どうやったらそれできるようになりますか? その、武器をシュパッて取り出すやつ」
七六は動きをつけて、やたらハイテンションに聞いてくる。
それもそのはず、三〇と三七は彼女たち魔法少女の間では有名なのだ。一年以上も戦場に立ち続け、そして先の魔法である。もはやおとぎ話の住人と同格の存在である。
だが三〇は困っていた。
(どうやったらって……どうやってるんだろう?)
三〇自身も詳しいやり方は知らず、感覚だけでいつもやっている。
「気づけば……できていた?」
としか三〇は言うことができない。
だが七六はその答えで満足はしていなさそうだ。そして周りで聞き耳を立てている他の少女たちも。
三〇が知る限りでは、自分と三七しかこれができる魔法少女はいない。
だから三七なら分かるかと目を向けるが
「えー、シュッてやってバッてやったらできるんじゃない?」
やたら抽象的なアドバイスが返ってきた。
「ひっ、ご、ごめんなさい」
だが七六はなぜか怯えたように三〇から離れていった。
このときの三七は般若かのような形相で七六を威嚇していたのだが、三〇は後ろから抱き着かれていたため、なぜ七六が逃げたのか、その理由を知る由もなかった。
「まったく、油断も隙も無い。ミオはサナだけのものなんだから」
三七が何かつぶやいていたようだが、声が小さすぎて何を言っているのか分からなかった。
何を言ったのか聞こうとした、その時――
「何だね君たちは。ここは一般人の立ち入りは禁……!」
突然現れた人物は何か言いかけたのだが、少女たちのことを視認すると唐突に肩にかけた銃を構えた。
「銀の髪に片刃の剣、まさかお前――」
だが、そこまでだった。
緑の軍服を着た男の首は一文字に斬り裂かれ、三〇は銀色の髪を返り血で赤く染めた。
ここはもう敵の目と鼻の先である。そんな場所で立ち話をしていたら敵がこちらに気付くのも道理。
今回は問答無用で砲弾が飛んでこず、兵士が確認に来たから運が良かった。
だが敵も送り出した兵士が殺されたことに気付くのは時間の問題である。
「戦闘、開始」