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第9話 翔べ、勇者

 焼け野原となってしまった森で、未だにご機嫌斜めな勇者様が『悔しぃぃいいいっ』と言いながらコロコロ転がっている。


 そのお姿はやはり偉大なる勇者様からは考えられないくらい情けないものであり、たとえるなら日曜日、遊びに連れていってもらえると言われていた子供が父親の急な仕事で予定がキャンセルになったときの……それである。


 しかも涙目で下唇をぎゅっと噛んでいる。

 勇者様が討伐失敗なんてこと、きっとこれまでただの一度もなかったのだろう。


 なんだか……見ているこっちまで悲しくなってくるな。


 しかし、さっきのミサイル団は明らかに勇者様を捕まえようとしていた。

 彼らは何が目的で勇者様を捕まえようとしていたのだろう。


 それに……。


「スペシャルマシーン……か」


 ミサイル団が落としていったと思われる謎の巻物、スペシャルマシーン。これは一体なんなのだろうか?

 巻物にはスペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』と書かれている。


 試しに巻物を開いて中を確認してみる。


 ――スペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』

 自身が獲得したポッケモンに覚えさせることにより、これまでに行ったことのある場所へ飛んで行くことが可能。※注意※ 飛行モンスター以外使用不可。


 なるほど。

 つまりこれはポッケモンに新たな技を覚えさせる魔法の書のようなものなのだろう。

 だけどどうやって使うんだろ?


 それに飛行モンスター以外は覚えられないとも記載されている。

 勇者様は……飛行モンスターなのだろうか?


「飛べるのかな?」


 僕はご立腹中の勇者様の背中をじーっと見つめながら沈思黙考する。


「なによっ」


 僕の視線に気がついた勇者様が唇を尖らせながら身を翻した。その面構えは絵に描いたような拗ねた表情である。


「あの、勇者様……」

「だからなによっ!」

「その……勇者様は飛行モンスターになるのでしょうか?」

「は? あんたの目にはあたしの背中に翼が見えてるわけっ!」

「……ですよね」


 残念だなと肩を落とす僕だけど、諦めきれない。だってこの『空を飛ぶ』なる技を勇者様が覚えれば、いつだって村に帰れるんだ。


「ところで……あんたが手に持ってるそれはなによ」

「ああ、スペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』ですよ」

「なによ……そのスペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』って」

「勇者様に新たな技を授ける魔法の書のような物らしいのですが……」

「魔法の書ですって! しかも『空を飛ぶ』魔法っ!?」


 勇者様のお顔にパッと光明が差し、爛々と瞳を輝かせてすり寄ってくる。そのまま覗き込むように僕の顔をまじまじと見つめる勇者様が、長い睫毛をパチパチと何度も鳴らしている。


「……あの」

「早くしなさい」

「え?」

「あたしに翼を授ける魔法の書を早く使えって言ってんのよ!」

「でも……」

「あんたもバカねっ! あたしに翼が生えたらポッケモンセンターだろうがマザラタウンだろうが、あるいは王都へもひとっ飛びで行けるじゃない!」


 いや、それは無理ですよ。

 ポッケモンマスターである僕が行ったことのある場所にしか行けないと書かれていますし、第一勇者様は飛行モンスターじゃないですから……なんて言えない。


 だって……勇者様が初めて夢の舞踏会に赴かれる少女のように、空を見つめて恋焦がれていらっしゃる。

 今の勇者様に翼が生えるわけではありません……なんて夢を壊すようなこと僕には言えない。


「アーサー……は・や・く・し・てっ。あたし待つのが嫌いなのよ」

「勇者様はせっかちですからね」


 と、苦笑いを浮かべて誤魔化してみるが、『黙りなさい』とジト目を向けてくる。

 その目……嫌いだな~。


「やむを得ませんね。物は試しですし使ってみますか」

「うんうん、それが一番よ♪」


 でも……これどうやって使うんだろ。


「あっ!」


 そういえば……コマンドに『どうぐ』って選択肢があったな。あそこから使えないだろうか?


 試しにコマンドを表示して『どうぐ』をポチってみると、【スペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』】と【モンスターポール】の二種類が選択項目に追記されている、


 ……ってことで、早速ポチっとなと押してみる。


 すると――手にしていた巻物から目が眩む程の閃光が放たれた。

 余りの眩しさに「うぅっ!?」と目を細めて様子を窺っていると、羅列に並ぶ光る文字が浮かび上がり、スッ―と勇者様の体に流れ込んで、消えていく……。


「せ、成功……したんですかね?」

「ん……?」


 勇者様はキョロキョロと自身のお身体を舐め回すように見て、次いでペタペタと体をまさぐっている。

 それからすぐに不可解な面持ちで眉根を持ち上げた。


「どこも変わってないじゃない!」

「……そ、そのようですね」

「つ・ば・さ・あたしの翼はどこよ!?」

「と、言われましても……」


 スペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』には翼が生えるなんて一言も記されていなしですしね。やっぱり飛行モンスターじゃないと無理だったのかもしれません。


「ちょっとそれ貸しなさいよ!」

「あっ、雑に扱わないでください!」


 スペシャルマシーンNo.6『空を飛ぶ』が記された貴重な巻物を僕から奪い取った勇者様が、『納得できない』と言ったありさまで、巻物の表裏を入念に確認している。


 そして短期な勇者様が「なによこんな物」と言いながら、ポイッと投げ捨ててしまわれた。


「あっ!? なんてことするんですか!」


 僕は貴重な秘宝を大切に拾い上げ、腰袋にしまった。


 と、そこでふと思う。

 現在の勇者様のレベルはいくつになられているのだろうか?

 ささやかな疑問を抱きながら選択肢の一つ、『ポッケモン』をタップして確かめる。


 モンスター名――女勇者。

 幻のポッケモン。

 名前:クラリス

 名前変更可

 タイプ勇者

 レベル『6』

 忠誠度『3』

 鳴き声『あぁっんっ』


 おおっ! 勇者様のレベルが上がっている。

 けど……これ何か意味あるのかな?


 適当に画面を指で突っついてみると、新たな表示が出現する。

 そこには……『空を飛ぶ』と書かれていた。


「!?」


 うそっ!?

 勇者様はしっかりと『空を飛ぶ』を覚えていたらしい。

 それをもう一度タップすると、


 ――アーサーの村。マリアの村。焼け野原。


 の三つが選択項目に記載されている。

 試しに僕の村、アーサー村を押してみた。


「ちょっ、ちょっと!? なによ……これ、勝手に体が動くんですけどっ」

「へ?」

「あんたまたあたしに変なことしたわね!」


 怒鳴りつけてくる勇者様が腰を落とし、両手を広げておられる。そのままピーンッと伸ばした両手を鳥のようにバサッバサッと動かしていた。


「なにを……やられているのですか? 勇者様」

「知らないわよ! 勝手に体が動くのよ、止めなさいよっ! こんなところ誰かに見られたらカッコ悪いじゃないっっ――!!」


 鶏の物真似をお披露目してくださる勇者様に、意表を突かれた僕が呆然と立ち尽くしていると、僅かに体が浮き始める。


「と、飛んでますよ、勇者様っ!」

「違う……これじゃないわよ! こんなの求めてないわよ! 嫌よこんなのっ、なんで手なのよぉぉおおおおっ!? あ、あたしは翼が欲しかったのよ――!!」


 半泣きの勇者様がお空へ舞い上がっていく。

 僕は「待ってください!」と勇者様に抱きついた。


「ちょっとっ! どこ触ってんのよっ!」

「暴れないでください! 落っこちちゃいますよ」

「むっ、胸を掴むんじゃないわよ!」

「取っ手になりそうなものがないんですよっ」

「……くっ、せめて這い上がって肩を持ちなさいよっ!」

「無茶言わないでくださいよっ」


 どんどん上昇していく勇者様の体にしがみつくのがやっとの僕。下を見たら焼け野原の山が豆粒みたいに見えていました。


「おっ、落ちたら死んじゃいますよっ!? ……あっ!?」

「ちょっ!?」


 必死にしがみつく僕だけど、バサッバサッと暴れる勇者様のお体から伝わる振動でずり落ちていく。


「あああ、あんたどこに顔面押し当ててんのよ!」

「ちかたっ……ないじゃないでしゅかっ」


 紳士な僕としても勇者様の股間に顔面を押しつけるのは不本意です。

 だけど落ちたら死ぬ――この状況では仕方ないじゃないですか。


「ふか……こうりょく、でしゅよっ」


 前が見えません。

 勇者様の真っ白なワンピースしか見えない。

 しかも勇者様が足をジタバタされるせいで、どんどん体が落ちていく。


「おお、お願いですっ、勇者様っっ! あ、暴れないでください!」

「そんなこと言ったってねっ」


 暴れる勇者様のせいで僕はピンチです。

 勇者様の股間から太ももへと滑り落ち、いまはかろうじてふくら脛に掴まっている状態。


 なんとか這い上がろうと我武者羅に腕を伸ばし、何かを掴んで引っ張るように這い上がろうとするのですが……。


「いやぁぁああああああああああああああああああ――!?」

「へっ!?」

「それはあたしのパンツよっ! 引っ張るんじゃないわよっ!」

「ご、ごめんなさいですっ」


 慌ててパンツから太ももに手を回したのだが、引っ張り過ぎてしまったせいか……ゴムが緩んだパンツが勇者様の太ももまで落ちてきた。


 猫さんです。

 いつかアニマルプリントのパンツを好む習性があると、例の文字に記載されていましたが、どうやら事実のようですね。


 脚にパンツを引っかけたまま飛行する勇者様が、内股気味になられ、泣いていた。

 そのお顔は耳まで真っ赤で……僕は申し訳ないと心で何千回と唱え続けました。



「もう……いやぁぁあああああああ――」



 赤く燃える黄昏時のお空に、世界を救う救世主様のお声がいつまでも鳴り響いていました。

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