第5話 勇者様、君に決めた!
「ちょっとっ!」
「はい、どうなさいましたか、勇者様?」
村を出発してから早三十分が経過した頃、麦畑が広がる景色を堪能する僕の正面で勇者様が仁王立ちしてらっしゃいます。
大きなお胸をどーんと見せつけている。
その勇者様のお顔には不満と書かれているのが嫌でもわかってしまう。
さらに、立ち止まった僕の視界には、例の光の文字が浮かび上がっていた。
――勇者クラリスは威張り散らすを発動。
「ふむふむ」
どうやら勇者様がポッケモンの技を勝手に使用したようですね。
「ねぇ、もっと速く歩けないわけ?」
「そんなことを言われましても……これでも頑張って歩いているのです」
「あんたのペースに付き合って歩いてたら王都に着くまでに十年はかかるわよっ」
そんなことを仰られても……僕は一般人な訳ですし。その点、クラリスさんは勇者様なのです。
その勇者様と同じスピードで移動なんて、天地に逆らっても不可能だということは幼女でも理解できること。
「とりあえず休憩しませんか? 村の人からお弁当のサンドイッチを貰っているんですよ」
「まだ三十分しか歩いてないのに何回休憩すれば気が済むのよ! これで四度目よっ!」
また勇者様のヒステリーが始まってしまいました。
勇者様というご職業はさぞストレスが溜まるお仕事なのでしょうね。
僕は慣れたもので、勇者様に構うことなくレジャーシートをサッと広げてサンドイッチを食べる。
「一人で食ってんじゃないわよ!」
「あっ、フルーツサンドもありますよ。村で取れた新鮮な果物をふんだんに使っているので、とても美味しいです」
「ふ、フルーツサンドは悪くないわね」
僕たちが延々と続く麦畑を眺めながらフルーツサンドに舌鼓を打っていると、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。
「勇者様、いまのは!」
「あぁ、どうせ近くの村に野盗か魔物でも出たんでしょ」
勇者様は横になられている。女性にあるまじき態度でお尻をボリボリ掻きむしりながら、『面倒臭ぁ~』と欠伸をしています。
なんて態度なんですか!?
「でしょって……助けに向かわれないのですか? 勇者様の出番じゃないですか」
「そんな小物……いちいち勇者のあたしが相手してたら切りがないじゃない。どうせその辺の冒険者が何とかするわよ」
なんて人ですかっ!?
本当にこの人勇者様なのですか?
僕は不信感に満ちた眼差しでじーっと勇者様の相貌をガン見していると、
「嫌よ。あたし行かないから……面倒臭い」
「そうですか、よくわかりましたですよ」
「あら、随分物分かりいいじゃない。感心♪ 感心♪」
僕はベルトに装着したモンスターポールを取り出し「えいっ!」、勇者様の頭にぶつけてやる。
「ちょっ!?」
すると勇者様がモンスターポールの中に吸い込まれていく。僕は勇者様が入ったモンスターポールを拾い上げ、先程声が聞こえてきた方角へ走り出した。
普段運動なんてろくにしないから脇腹が痛みますが、それでも僕は懸命に走ります。
『誰かが困っているときは助けてあげなさい。それが持つ者の義務なのですよ、アーサー』
亡くなった父の言葉だ。
国にお金を納めていなかったダメな父だけど、その教えだけは僕の宝物でもあります。
誇らしい父の教えに従い、僕は隣村へと駆け込んだ。
「なんて酷いことをっ!」
村には勇者様のお言葉通り悪漢の男たちが数名、鋭利な刃物を振り回しながら村人たちを襲っている。
「やめるですよ!」
「アーサー様っ!?」
村が不作で困っている時、いつも食料を分けてくれる優しいマリアが屈強な男に襲われています。
「あぁ? なんだこいつ?」
得物を肩に担いだ男が悪鬼羅刹の如く凶悪な視線を向けてくる。
「マリアからすぐに離れるです!」
「アーサー様っ!」
「大丈夫ですよ、マリア。僕が来たからにはもう安心です」
僕は薄い胸板をポンッと叩き、もう何も心配いらないとマリアへ微笑みかけた。
マリアは瞳を潤ませながら小刻みに何度も頷いている。
そんな僕を嘲笑う男が剣先を突きつけてきた。
「かっこつけて出てきた癖に丸腰じゃねぇか。ぶち殺す順番が変わったまでのことだ」
「黙れっ! お前たちのような悪党は、このポッケモンマスター――アーサー・ペンドラゴンが成敗してやるです!」
「なめてんじゃねぇぞっ!」
得物を振りかぶり突進してくる男、僕は透かさずベルトに装着していたモンスターポールを抜き取ると、「勇者様っ――君に決めた!」と地面に叩きつける。
すると、神々しい光の中から史上最強の勇者様が召喚なされた。
「なっ、なんだこりゃ?」
男も突然勇者様が現れたことに対し、目を見開いて一驚している。すぐさまバックステップで距離を取る辺り、かなり戦闘慣れしていることがわかります。
マリアは光の中から現れた勇者様に「天使様……」と、感動している。
そして、その勇者様ご本人は……。
「どこよ……ここ?」
状況が飲み込めていないのか、悪漢たちに襲われる村をぼんやりと見渡し、僕をギロッと睨みつけてくる。
「あんたまたやったわね。このあたしを都合よく使うんじゃないわよっ」
「そんなことより勇者様、バトル開始ですよ!」
「嫌よ! あたしは勇者なの。あんたに折られた剣がないとカッコ悪くてやる気でないもの」
腕を組んでぷいっとそっぽを向き、頬を膨らませる勇者様のお姿は、完全に拗ねた子供のそれです。
「仕方ないですね」
膨れっ面で駄々をこねる勇者様に戦闘の意志がないのなら、コマンドモードという機能を使ってみるしかありません。
説明書によるとポッケモンを強制的に従わせ、戦闘させるための特殊機能と記載されていました。
「コマンドモード発動です!」
「えっ!? なによ……それ?」
コマンドモードを発動させると、光の文字盤が浮かび上がってくる。
――たたかう。にげる。ポッケモン。どうぐ。
この四つの選択肢の何れかをポチればいいらしいのですが……ポッケモンという選択肢は一体何なのでしょうか?
試しにタップしてみると、
――クラリス:レベル【1】HP9999/9999
何ですかこれ?
クラリスというのは間違いなく勇者様のお名前なのですが……HPとは一体何なのですかね?
「何なのよ……それ? なんであたしの名前があるのよ?」
「勇者様! 一応僕にもプライバシーというのがございます。勝手に覗き見るのはやめてもらえませんか?」
「……あたしのプライバシーはどうなんのよっ! どう見てもこれ、あたしのことじゃない!」
「まっ、確かにそうですね」
ジト目を向けて地団駄を踏む勇者様に仕方ないなと溜息を吐き出し、僕は改めて『たたかう』を選択する。
――ひっかき。体当たり。丸くなる。威張り散らす。
これが勇者様の技……ということなのでしょうか? 随分とショボいですね。
威張り散らすは先程ご自分で使われていましたが……この、丸くなるってなんですか?
「おいっ! てめぇら何をコソコソしてやがるんだ!」
柄の悪い男が吠えています。闘争心剥き出しでおっかないですが、臆することなどありません。なぜなら僕には史上最強の勇者様がついているのですから。
「ぶち殺すっ――!」
男が再び突っ込んでくるが、僕は透かさず『丸くなる』をタップした。
すると――。
「な、なによこれ!? かっ、体が……勝手にっ」
「何をやってるんですか! 敵が襲って来てるんですよっ!」
男が目前に迫っているにも関わらず、勇者様が呑気に僕の前方でだんご虫のように丸くなっている。
「知らないわよっ! 体が勝手に動くのよ! 止めてよぉぉおおおおっ!!」
まさか!?
丸くなるとは……言葉の通り勇者様が丸くなってしまわれることなのか!
「随分余裕じゃねぇかよ!」
「不味いですっ!」
勇者様が丸くなってしまったのをいいことに、男が天高く飛んで剣を振りかぶっています。
「勇者様っ!」
「いやぁぁああああああああああああああああああっ!?」
――ポキッ。
「えっ!?」
「へっ!?」
「んっ……嘘だろ!? 俺の剣がっ!?」
なんと……男が振り下ろした剣身が確かに勇者様の頭頂部に叩き込まれたのだが、勇者様は相当な石頭らしく……逆に剣がへし折れてしまっていた。
「ば、化物かっ、こいつ!?」
「し、死ぬかと思ったわ」
――丸くなる。効果……丸くなって防御力アップ。
おおっ、なるほど。
つまり、いまの勇者様は『丸くなる』で人間離れした防御力を誇っているということですね。
「いまの勇者様は岩石のように硬いですよ!」
「もうイヤァッ――! あんたに関わってからろくなことないわよ!」
「泣き言はバトルのあとですよ、勇者様!」
僕が透かさず『体当たり』をタップすれば、『丸くなる』を解除した勇者様が猪のように悪漢に体当たりをぶちかましています。
「あたじのがらだ……どうなっでんのよ!」
「さすが……勇者様」
勇者様の繰り出した体当たりの威力は凄まじく、筋骨隆々とした男が遥か彼方に吹き飛んでいってしまった。
しかも、その体当たりの破壊力で……地面が抉れている。
「お、恐ろしい……威力です」
「ごんなに……づよぐないわよ……あだじぃ」
「ご謙遜なさらないでください、勇者様」
「あだじぃ……ぼんどにどうなっでんの……」
勇者様の圧倒的な活躍により、村の窮地は救われた。
僕は……勇者様を少しでも疑った自分を恥じたのでした。
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