第4話 勇者様のお願い
「それで……あたしがあんたを殺すことが不可能なことはよくわかったわ。でも、他の人があんたを殺せば呪いは解けるんじゃないの?」
なんとも恐ろしい発想の持ち主である。
とても勇者様が発想するものとは思えない。
「いえ、僕が死んだ場合クラリスさんはモンスターポールに戻ってしまいます。そうなった場合ポッケモンと、つまりクラリスさんと契約関係にある僕にしかモンスターポールから勇者様を喚び出すことは出来ないと書かれています」
「つまり……あんたが死んだら……あたしはずっと玉の中で過ごすわけ?」
「そういうことになりますね」
「なりますね……じゃないわよっ! どうしてくれんのよ!!」
そんなことを言われても……困りますよね。
「だからポッケモンセンターで逃がすを選択すればですね」
「そのポッケモンセンターが何なのかわからないじゃない!」
わはははと笑って、確かにと大きく頷いた。
それから憤怒するクラリスさんを宥めて、僕はもう眠たいので眠ることにしました。
「呑気に寝てんじゃないわよっ」
翌朝――未だに不機嫌な勇者様は「ちょっとそれ貸しなさい」と、僕から我が家の秘宝、モンスターポールを取り上げた。
「こんなものこうしてやるわよっ!」
力一杯モンスターポールを踏みつけた勇者様が、パカッと割れたモンスターポールの中に吸い込まれていく。
「ご自分でモンスターポールの中に入ってしまわれた」
ん~~~っ、出してあげた方がいいのかな?
だけどご自分で戻られたんだし、そっとしておくのが優しさなんでしょうか?
亡くなった母がよく言ってました。
さりげない気遣いと優しさが紳士には必要不可欠なのだと。
ということで一週間様子を見てみることにしたのだが、やはりご自分からは表に出てこれないのかな?
一向に勇者様が戻って来られない。
野暮かも知れませんが……仕方ないとモンスターポールを床へ投げつけると、光と共に勇者様が飛び出してきた。
「おお、凄いです! 何度見ても神秘的ですね」
パチパチと礼賛を送っていると、ギロッと勇者様が僕を睨みつける。
「どうなったのよ? また記憶が曖昧なんですけどっ」
「はい。勇者様が自らのご意志でモンスターポールに戻られたので、一週間程様子を見守っていたのですが、一向に出てきてくれないので喚び出してしまいました」
「いいいっ、一週間ですって!? あんた何でもっと早く出してくれないのよ!」
泣きべそかいた勇者様が、僕の両肩を掴んでブンブンとシェイクなさいます。
「だって……紳士は気遣うものですから」
「あんたは鬼畜よ! 虫も殺しそうにない顔をして……最低の鬼畜野郎よっ!」
もういいと言った涙目の勇者様が、「こうしちゃ居られないわ」と口にして、屋敷を飛び出してしまわれた。
あんなに慌てて何か用事でもあったのかな?
と、思ったのも束の間――ドーーンッと激しい衝突音が平穏な村に轟いた。
「何事ですかね?」
僕が領主を務める村で事件が発生したら僕の責任問題になりかねない。急いで屋敷を飛び出し、音の方へ駆けつけると、既に村人の皆さんが集まっていました。
「どうかなされたのですか?」
「ああ、領主様……それが」
「ん……?」
村人の皆さんをかき分けてひょっこり顔を出してみると、勇者様が大の字になって伸びていらっしゃる。
「何があったのですか?」
僕が状況を尋ねると、一部始終を目撃していたおじさんが丁寧に教えてくれた。
「それが……勇者様が物凄いスピードで走っていると、何か見えない壁みたいなのに激突しただよ」
それを聞いた僕はポンッと掌を叩きなるほどと頷いた。
確か説明書にはポッケモンはポッケモンマスターの半径百メートルまでしか行動出来ないように制限を付けられていたのだった。
それ以上進もうとすれば、逃亡防止の光の壁が行く手を阻むと書かれていたっけかな?
「先に言いなさいよっ――!」
倒れた勇者様を近くの民家へ運び入れて介抱していたのだが、僕の話を聞いていた勇者様が猛獣のように犬歯を見せつけながら急接近してくる。
「僕って本当にうっかり屋さんだな」
説明不足だったことをてへっと可愛らしく謝ってみると、『グルルル』と喉を鳴らした勇者様が威嚇してきた。
本当に勇者様とは思えない態度だな。
「皺……出来ちゃいますよ?」
「誰のせいよっ――!」
鼻の詰め物をフーンッと床へ吹き飛ばし、苛立ちを隠そうともしない勇者様が詰め寄ってくる。
「どうしてくれるわけ?」
「何がですか?」
「あたしには勇者としての任務があるのよ。これから王都へ戻り、魔王を討伐しに行かなきゃいけないの。あんたから離れられないと困るって言ってんのよっ!」
「またそんな無茶なことを言われましても」
ムッと眉間を寄せた勇者様がまじまじと僕の全身を食い入るように見つめています。まるで飢えた野獣のようなギラギラした眼です。
「あんた一緒に来なさい!」
「いえ、僕はここの村の領主ですから、それは出来ませんよ」
「世界の滅亡があたしの腕にかかっているのよ!」
「僕の腕には村の将来と……肩には領主としての借金が乗っかっています。勇者様に付き合っているお暇はないのですよ。ごめんなさい」
恭しく頭を下げ、丁寧にお断りのお返事を申し上げると、
「だ・か・ら・あんたがいないど……あだじぃがごまるのっっ」
ハァ……また泣き出された。
こんなに泣き虫な勇者様が、本当に世界の救世主様なのでしょうか。
なんだか怪しくなってきましたね。
「ねぇおねがいよぉ……あだじぃがおうじゃまにおがねのげんはなんどがじでもらうようにいうがらぁ――」
腰にしがみついて泣きわめく勇者様を見ていると、さすがに紳士としては見過ごす訳にもいきません。
ここで知らぬ存ぜぬを通せば、きっと天国の母が悲しむことでしょう。
「わかりました。その代わり王様にしっかりと口添えしてくださいよ」
「ずる……ずるわよぉ」
「一度王都に行く……それだけですからね?」
「おぶどにいげば……ゆうじゅうなまどうじがいるがらぁ、ヒィッ……ぎっどなんどがなるわぁ」
村のことが少し心配ですが、留守の間のことは村長さんにお願いして、僕は勇者様と共に王都へ向かうことにした。
あっ、モンスターボールからモンスターポールに変更しましたww
誤字じゃありませんよw(*/∀\*)