第3話 命名
トイレに籠城して小一時間が経過しました。
バシバシ扉を蹴りつけていた勇者様の畏怖もどうやら静まったようですね。
この一時間、僕もなにもしていなかった訳ではありません。しっかり説明書を読み込み、勇者様を解放する方法を調べていた。
当然、勇者様を解放する方法も把握済みです。
ゆっくりとトイレから出て、「右よし、左よし」と安全を確認してから廊下に出る。そのまま勇者様が居るであろう寝室へと向かう。
あっ、やっぱり居た。
勇者様は十日間、便秘で苦しむご婦人のように気張ったお顔でベッドに腰かけている。
「死ぬ覚悟は出来たのかしら?」
「あっ、あの……勇者様?」
「なによ!」
「非常にお伝えしづらいのですが、ポッケモンマスターとなった僕に、ポッケモンとなった勇者様が攻撃することは不可能なようです」
「は? なによそれ?」
「なによそれと申されましても……そういうルールらしいのです」
「知らないわよそんなルール!」
吐き捨てるように怒鳴り声を投げつけてくると、ダッンと床を踏みつける勇者様。
勇者様の凄まじい蹴りつけにお屋敷が揺れている。
「本当に殺すから……いいわね」
腰の剣を抜き取った勇者様が一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
手にされているのは恐らく伝説の剣なのでしょうが、たぶん無駄なんじゃないかと思ったものの……やはり怖い!
「死になさい――この無礼者っ!」
「うっ……」
ぎゅっと瞼を閉じて頭を抱えながら蹲ると、甲高い音が響き渡る。それと同時に勇者様の悲鳴が耳をつんざく。
何が起こったのか確認してみると、勇者様の愛剣が真っ二つにへし折れていた。
「あああぁ……あ、あたしの……剣が……やっとの思いで手に入れたエクスカリバーがァッ……嘘でしょ!?」
「やっぱりモンスターポールのルールは絶対のようですね」
「どうしてくれんのよ! これすっっっごく貴重な聖剣なのよっ!!」
「そんなこと言われましても……お気の毒としか……」
「なめてんのっ、あんたっ!」
「いえ、決してそのようなことは」
座り込んで泣き出してしまった勇者様にごめんなさいして、僕はこの呪いを解く方法を見つけたことを報告した。
「ぐすんっ……本当に?」
「はい、すぐにでもモンスターポールの呪縛から勇者様を解放して差し上げますよ」
「で、どうするればいいわけ?」
「はい、ポッケモンセンターで逃がすを選択すれば可能らしいです!」
「………………」
あれ……沈思黙考していらっしゃる。
てっきり喜んで褒めてくれるものとばかり思っていたのにな。
「あの、勇者様?」
お声をかけると、キリッと鋭い眼光で睨まれてしまった。
何か気に障ることをしてしまったのだろうか?
「ポッケモン……センター? って、何よ……それ?」
「へ……? ご存知ないのですか?」
「知らないわよっ! 知らないから聞いてるのよ。で、何なのよ!」
「さぁ?」
「は……?」
大きな瞳をぱちくりさせて僕を覗き見てくる勇者様は、『こいつ何言ってんの』と……そういう相貌をしている。
「さぁって……あんたがポッケモンセンターって言ったんじゃない」
「はい、説明書にそう書かれていましたから」
「だ・か・ら・それはどこにあるのかって聞いてるのよ」
「いえ、だ・か・ら・僕は存じ上げません。世界を旅する勇者様がご存知ないものを辺境の地で暮らす僕が知るわけないじゃないですか」
わははははっと笑って見せると、大口開けた勇者様が固まってしまわれた。
よくよく固まってしまうお方だな。
女性はオーバーリアクションの方がモテると聞いたことがあるし、勇者様もさぞおモテになるのだろうな。
「ところで勇者様の名前はなんと仰るのですか? 名前入力箇所に入力したいのですが」
「えっ……名前? あたしの……名前」
考えること五分、勇者様はご自分の名前を忘れてしまったという。
そんなバカなことはないだろうと笑って場を盛り上げてみると、勇者様が発狂なされた。
「いぎゃぁあああああああああああああっっ――!!」
「お、落ち着いて下さい、勇者様」
「あんたのせいよ! あんたが妙な玉をあたしにぶつけたから……そのせいで自分の名前まで忘れてしまったのよ! どうしてくれんのよっ!」
そんな無茶苦茶なことを仰られても、そもそもご自分のお名前を忘れられる方が……そんなことは口が裂けても言えないな。
「なら名前を付ければいいんですよ。ポポコちゃんてのはどうですか?」
「嫌よっ! そんなヘンテコな名前っ!」
「意外と我儘なんですね」
「あんたねっ……人の名前をなんだと思ってんのよ!」
「でも名前がないとずっと勇者様になりますよ?」
ああ、また泣き出してしまわれた。
勇者様でもやっぱり泣くんだなと、当たり前のことに感激していたりする。
「じゃあ……クラリスってのはどうですか?」
「……ぐすんっ、ぽ、ポポコちゃんよりはましね」
どうやら勇者様はクラリスという名前がお気に召されたご様子。
光の文字盤を喚び出して、早速名前入力欄にクラリスと打ち込んだ。
「あっ、あたしの名前はクラリスだわ。いま思い出したわ!」
「はい、そう入力しましたから」
「………あっ、そう」
恨めしそうにへの字口で僕を見つめてくる。
「ちなみに……クラリスの由来は?」
「はい、先月亡くなられた村人……そのお婆さんの名前です」
「くっ……ぐぅぅぅ……」
あれ……余程クラリスという名前が気に入ったのでしょうか? 声を押し殺して、また泣いている。
勇者様は意外と涙脆いらしいです。
いい子、いい子してあげると、ガクッと頭が下を向いてしまわれた。
【皆様へのお願い】
面白そう。
続きが気になる。
更新応援してますなど、
少しでもそう思って頂けたら、
下にある「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてください!
(……評価してもらえると、作者のモチベがめちゃくちゃ上がるので最高の応援になります)