第2話 勇者の特性
何時間……僕はここで気を失っていたのだろうか。
辺りはすっかり陽が落ちて、巨体を揺らしていたベヒーモスは勇者様捜索を諦めて巣穴へと戻っていったらしい。
僕は恐る恐るモンスターポールへと近づいてみる。
やはり動かない。
あれほどブンッブンッと暴れていたモンスターポールが沈黙を貫いていた。
「これ……どうしよう」
試しに小枝を拾ってツンツン突いてみるが、反応はない。
「勇者様……死んでたりしないよな?」
僕は勇者様を封印してしまったモンスターポールをそっと手に取り、壊さないように丁寧に持ち上げた。
「あの……勇者様? もしもし、聞こえますか?」
モンスターポール越しに声をかけてみたが返事はない。やはりモンスターポール越しでは声が届かないのだろうか?
「困ったな……どうやって解除すればいいんだ、これ?」
もう一度説明書に目を通すが、陽が暮れたせいで何も見えない。
夜になると活発化するモンスターが出て来る危険性もあり……やむを得ず一度帰路に着くことにした。
「領主様、こんな時間までどこに? そういえば勇者様がお見えになられていたとか。あれ……勇者様は?」
「えっ!? あっ……その、勇者様は……僕の家で休んでいただいて……いますよ」
「そうでしたか。今夜は冷えますから、早めにお休み下さい」
「うん、あり……がとう」
村に戻って来るや否や、村人に声をかけられたのだが、勇者様をモンスターポールに封印してしまった後ろめたさから……挙動不審な態度を取ってしまった。
変に思われなかっただろうか。
もしも勇者様を封印してしまったなんてことが王様に知られたら……爵位の剥奪と領地の剥奪なんかじゃ済まないぞ。
最悪絞首刑……火炙り……首チョンパッ!?
「ああぁぁああああぁぁぁあああああぁぁあああああぁぁぁああああっ――! 終わりだ!」
僕の人生は破滅へまっしぐら。
ペンドラゴン家始まって以来の不祥事、犯罪者の出来上がりですよ!
力なく、無駄に広い屋敷に帰ってくると、貧乏で使用人すら雇えないお屋敷に、「ただいま……」と虚しく木霊する。
お部屋のベッドの上、大切に勇者様が入ったモンスターポールをそっと置く。
それからすぐに蝋に火を付け、勇者様を解放する手段が記載されていないか説明書をチェックした。
すると……。
「あったぞ、これだ!」
何々……モンスターポールで捕らえたモンスターはモンスターポールを地面に投げつけることで外へ出すことが可能……か。
「投げつけて壊れないのかな? もしも壊れたら中に居る勇者様はどうなってしまわれるのだろう?」
考えただけでぶるっと背筋に緊張が走る。
「いまは不吉なことは考えない方がいいよね。精神的にこれ以上参っちゃうと……僕の身が持たないや」
とりあえず念には念を入れて、僕は床ではなくベッドの上へモンスターポールを叩きつけてみることにした。
「えいっ!」
すると昼間と同様、凄まじい光を発しながらモンスターポールがパカッと割れて、中から勇者様が飛び出してきた。
「あっ……勇者様」
「どこよ……ここ? って、なんであたしこんなところに居るわけ? 確か……ベヒーモスを誘き出すために……」
どうやら勇者様はご無事のようだ。
しかし記憶障害があるのか、ベッドの上で突っ立っている勇者様が顎先に手を当て、ぶつぶつと何かを呟いている。
その表情はとても凛々しく、やはり勇者様なのだなと感心してしまった。
「勇者様、ご無事で何よりです!」
「ん……あんたも居たの。あんたここがどこだか分かる?」
「はい、僕の屋敷の僕の部屋ですよ」
勇者様の疑問に親切に答えて差し上げると、勇者様が『気に食わない』と言った不機嫌な面持ちで睨みつけてくる。
「なんであたしがあんたの部屋に居るのよ! あんたあたしに変な玉投げつけたわよね? あれはなに? あれに当たってから記憶がないのよ」
「それは……その」
「正直に言わないと……殺すわよ!」
「ヒィッ!?」
レッドドラゴンすらも逃げ出し兼ねない程の凄まじい殺気が向けられる。
死にたくない僕は我が家に伝わる秘宝――モンスターポールのことを話した。
真剣に、黙って話を聞く勇者様がガリッ……ガリッと奥歯を噛みしめている。
正直……怖いです。
「なら、なに? あたしはモンスターとでも言いたいわけ!?」
「け、決してそのようなことはっ」
灼熱のレッドドラゴンが吐き出すサウザンドブレスのような鼻息をフーンッと一気に吐き出した勇者様が、僕にビンタを食らわそうと手をあげた。
「ごめんなさいっ!」
「いたっ!?」
へ……?
勇者様に思いっきり引っ叩かれると歯を食い縛ったのだが、まるで見えないバリアに守られるように伸びてきた手が弾かれた。
「ちょっと、あんたどうなってるのよ! まさか防御魔法が使えたの!?」
「いえ、僕は……なにも」
「嘘を仰いっ! あたしのビンタを弾いたじゃない!」
プルプルと肩を震わせる勇者様が、今度は拳を握りしめている。勇者様のげんこつなんてもらったら……僕、死んじゃうよ!?
「お、落ち着いて下さい、勇者様っ!」
「うっさいわね! 落ち着けるわけないでしょ!」
と、拳を振り抜く勇者様なのだが、やはり青白い光の壁みたいなのが弾いてしまった。
「いっっったいわね!!」
「ご、ごめんなさい!」
ペコリ、ペコリと頭を下げる僕の視界に、突如光の文字が浮かび上がってきた。
「なによ……それ?」
「さぁ……なんでしょう?」
「あんたが出したんでしょっ! なんで出した本人がわからないのよ!!」
「そんなこと言われましても……」
で、何が書いてあるのよと覗き見てきた勇者様は、それを見て絶句していた。
「何が書かれていたのですか?」
固まった勇者様に失礼しますとお声をかけて覗き込んでみると、
「げっ!?」
モンスター名――女勇者。
幻のポッケモン。
名前無し。
名前選択可。
タイプ勇者
レベル『1』
忠誠度『1』
鳴き声『あぁっんっ』
女勇者の特性。
スリーサイズ89-51-83――カップ数推定F。
初恋は五歳の頃、おとぎ話に登場する勇者様であり、最後におねしょをしたのは八歳の頃である。
大人っぽい下着に憧れが強い一方、アニマルプリントが施されている下着を好む習性があると報告されている。
「誰に報告されているんですかっ!?」
しまったっ!?
つい、うっかり……心の声が漏れてしまった。
だって勇者様しか知らない情報が……カミングアウトされているんだもん。
しかも151ページに渡り記載されており、とても一日で読むことは不可能と思われる程の情報量。
さらに誰かが勇者様のことを事細かに調べあげ、報告していると書いてある。
僕じゃなくても……驚いてしまうよね?
しかし、そんな言い訳は通用しないだろう。
先程から熱視線が、僕の頭頂部を焦がしてしまいそうな勢いで向けられているのがジリジリと伝わってきます。
顔を上げたら……絶対にヤバイです。
試しにチラ見してみると……ハッ!?
闇のそこから這い上がって来たような悪魔と目が合ってしまった。
その容姿は、とても勇者様という肩書きからは遠くかけ離れたものである。
「殺す……あんたはっ……殺すわよぉぉおおおおおおおおおっ――!!」
「いやぁぁあああああああああああああああああっ――!!」
僕は走ってトイレに駆け込んだ。
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