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第17話 噛み合わない話

 耳長族さんたちの村があった位置から北西へ三キロ程進んだ場所に、大きな湖があります。

 僕たちは生き残った耳長族さんたちの案内でそこへやって来ていた。


「勇者様……これを」

「うん」


 僕は湖で組んだ水を、耳長族さんが作ってくれた葉のコップへ注ぎ、勇者様へ手渡した。


 助かった耳長族さんの中には軽傷者の方が居り、その方が回復魔法を用いて治療に当たっていた。


 しかし、全員は助からないと言う。


 やはり傷が深い重傷者は手の施しようがないのだとか。

 その言葉に悔しくて、僕が俯いていると、耳長族の長老と名乗るお婆さん――テレサさんが奇妙なことを口にした。


「アーサー様……お久しぶりでございます。また、わたくしたちはあなた様に助けられたのですね。……それにあなたも」


 テレサさんがお久しぶりと僕たちに言うが、僕は勿論お婆さんを知らない。

 勇者様は一度、聖剣エクスカリバーを盗みにやって来ているので、顔見知りではあると思うが、助けられたとはどういうことなのだろう。


 勇者様自身、『助けたかしら?』と疑問符を頭に浮かべられている。


「まぁ……勇者だからどこかで助けたかもね」


 と、また適当なことを仰られる。


「それで……彼女とお会いになられたということは、無事に聖剣エクスカリバーをお受け取りになられたのですね」

「へ……?」


 どうして……僕が勇者様から聖剣エクスカリバーを受け取るのだろう?

 テレサさんは僕の腰に提げられたエクスカリバーを見て、『良かったと』胸を撫で下ろしている。


「ちょっと、何であたしがこいつに聖剣を渡すのよ! あたしを使いっ走りみたいに言うんじゃないわよ!」

「……ああ、そうでした。そうですね。申し訳ありません。お二人はまだ、出会われて間もないのですね」


 なんだろう……この感じ。まるで話が噛み合っていないように感じられる。


「あの、それで……その」

「どうかなさいましたか、アーサー様」


 僕が言いづらそうそうにしていると、テレサさんが小首を傾げて尋ねてくる。

 僕は誠心誠意謝ろうと、腰に提げた鞘をテレサさんへと差し出して、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい! その……テレサさんたちの大切な聖剣を……折ってしまいました!」

「まぁ……それは非常に残念なことではございますが、それはそもそもアーサー様の物ではございませんか」

「え……僕の?」

「はい。わたくしは預かってくれとアーサー様に……あっ、いえいえ、何でもありません。そうですか折れちゃいましたか」


 いま……僕に預かってくれと……って言わなかったか?

 僕はこの十五年間……ほとんど村から出たことがない。当然テレサさんに会うのもこれが初めてな訳で、聖剣エクスカリバーを持っていたことも、預けた覚えもないのだが。


 テレサさん……ボケてるのかな?

 あるいは僕を誰かと勘違いしてるとか?


「でも……その、セルティーさんが物凄く怒っておられまして」

「セルティー……はて? 誰です、その方は?」


 えっ!? どうしてセルティーさんのことを知らないのだ?

 ……まさか!?


 僕は『ポッケモン』表示画面を展開させ、それを確認する。


 名無し:レベル【1】HP1/3200 大火傷。


 やはり思った通り、名無しになっている。

 僕がセルティーさんの名前を入力していなかったから、ポッケモンマスターである僕以外、セルティーさんの名前を忘れてしまっているんだ。


 僕はすぐに名前入力画面にて、セルティー・マイヤーズと入力した。

 そして改めてテレサさんに問いかける。


「あの……セルティーさんが」

「ああ、あの子はしっかりしているように見えて、抜けている所がございますから。わたくしが問題ないと言っても、取り返しに行くと言って聞かなかったのです」

「じゃあ……その、僕たちは罪に問われないということですか?」

「勇者様を罪に問うなど滅相もございません」


 やはり名前を入力しなければ、ポッケモンマスター以外の者からその人の名前が忘れられてしまうらしい。


 ってことは……勇者様の本当の名前は……一生わからないのかな? と、考えたが、今はよそう。


 それよりもセルティーさんの早とちりということが判明し、僕がホッとしていると、勇者様がテレサさんに突っかかっている。


「ちょっと、聞き捨てならないわね。勇者様って何よ、なんでこいつを勇者様って呼ぶのよっ! 勇者はあたしだけなんですけどっ! 勝手にこんなのまで勇者にしないでもらえるかしら」

「相変わらずですね、勇者様は」


 クスクスと懐かしむように微笑んだテレサさんに、僕と勇者様は顔を見合せて、クエスチョンマークを瞳に浮かべた。


「それにしても、彼女は一緒ではないのですか?」

「彼女?」


 誰のことだ?


「あの、失礼ですが……彼女とは誰のことです?」

「もちろん、ヴィーラ様のことですが」

「誰よそれっ、そんなやつあたし知らないわよ!」


 残念ながら僕も知りません。

 心当たりも何もなかった。


 先ほどからテレサさんの発言がいまいち理解できない。


「それよりもセルティーさんのことなのですが」

「ええ、モンスターポールの中で保護しているのですね」

「なっ、なんで知ってるんですか?」

「それは……何れおわかりになられるかと」


 セルティーさんの容態だけでなく、モンスターポールのことまで知っていたテレサさんを不思議に思っていると、「ちょっと」と耳を引っ張ってくる勇者様。「痛いですっ、やめて下さい!」と懇願すれば、後方のテレサさんを気にしながら僕の肩に手を回し、ヒソヒソ話を始める。


「ねぇ、あのテレサとかいうババア、気味悪いと思わない? さっさとこんな所からずらかるわよ」

「勇者様、失礼ではありませんか。何ですか、そのお言葉遣いはっ! 勇者様としては当然ながら、淑女としても最低な発言です!」


 テレサさんのことをババア呼ばわりする失礼極まりない勇者様を一喝すると、『うるさいわね』と眉根を寄せる。


「わかったわよ。謝るから『空を飛ぶ』で一度帰るわよ。あたしもうクタクタなのよ」


 てっきりいつものように反論してくるとばかり予想していたのですが、勇者様も相当疲れているようです。もう反論するのもしんどいと言った表情がありありと伝わってきます。


「それもそうですね」と、僕もその意見に同意した。


 と、いうことで、テレサさんに火傷を治療してもらった勇者様と共に、僕たちは一度屋敷へ帰ることにした。

 その際、セルティーさんのことをどうするかとテレサさんに伺ったのですが、「お任せします」と返ってきた。


 随分無責任なんだなと頬を膨らませた僕に、テレサさんはそれが一番なのだと微笑んでいた。



 勇者様の『空を飛ぶ』は確かに便利なのですが、そのスピードは遅かった。

 翼を持たない勇者様が飛んでいるのだから仕方のないこととは思いますが、それにしても遅い。


 耳長族さんたちの里が遠過ぎたということも災いして、結局丸一日飛び続けることとなった。


 勇者様は途中で止めて、もうしんどいと何度も弱音を吐かれていましたが、残念ながら一度目的地を指定し、『空を飛ぶ』が発動すると、目的地にたどり着くまでキャンセルは不可能なようです。


 ようやく屋敷の門前に降り立った勇者様は、「ゴ、ゴゲゴッゴ~」と気の抜けるような声を発せられる。


「大丈夫ですか?」

「無理よ……もう一歩も歩けないわ。あんたがベッドまで運びなさい」

「仕方ないですね」


 座り込んでしまった勇者様を背負って屋敷へ入ると、「おっ、遅かったじゃないか」とコウシロウさんが僕の目の前を横切り、続いて湯上がりのムルサさんが「あんたらが遅いから先にお風呂借りたわよぉ?」と通過していく。


 呆然と立ち竦む僕と勇者様の前で立ち止まったワーンが、「まぁ何もない所だけどゆっくりしていくワン」と言い残し、去っていった。


「なんで……あいつらがいるのよ」


 呆気に取られた僕の耳元で、勇者様の弱々しい声音が耳をくすぐる。


「なっ、なんなんですかっ!」


 我に返った僕が大声を響かせると、


「なっ、なんなんですかっ! と聞かれたら」

「即答してあげるが私たちの優しさ」

「異世界の滅亡を防ぐため」

「異世界の秩序を守るため」

「まごころ込めて悪を貫く」

「パンクでロックな敵役」

「ムルサ!」

「コウシロウ!」

「異空間を越えるミサイル団の二人には」

「太陽フレア真っ赤な未来が待ってるぜ!」

「ワーンてワンッ!」


 以前聞いた台詞を繰り返し言うミサイル団の方々に、どっと疲れて溜息がこぼれる。


「それ……毎回やるんですか?」

「そういうものなんだから仕方ないだろっ!」

「私たちだって好きでやってんじゃないのよ!」

「そうだワン!」


 開き直って逆ギレしてくるミサイル団に、僕は怒りを通り越して、最早どうでもよくなっていた。


「……で、なんでうちに居るんです? これ、不法侵入……立派な犯罪ですよ!」

「まぁー落ち着け、今回はお前たちと争うつもりはない!」

「私たちはザンゲ様のご命令で、あんたらをミサイル団にスカウトしに来たのよ!」



「………帰ってください」

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