第16話 ひょうたん男
頭の中に響き渡った奇妙な声に意識が散漫してしまい、振りかぶった少女がタッと地面を蹴りつけて飛びかかって来ることに気づくのが遅れてしまった。
「……目眩ましの魔法で不意を衝いた所までは褒めてあげるよ~。だけど、このあとの展開はどうするのかな~」
目前に迫る少女の剣身が頭上から振り下ろされる。
「逃げんのよっ、アーサーッ!」
切羽詰まった勇者様の声が大気を揺さぶり僕の鼓膜を揺らすと、脳内を『死』という一文字が埋め尽くしていく。
「来るなですぅぅうううう――!」
死を悟った僕はその場で腰を抜かし、ぎゅっと瞼を閉ざして咄嗟に折れたエクスカリバーを振り回した。
「う、うそでしょっ!?」
すると勇者様の間の抜けた声音が聞こえてきて、一、二、三秒経っても一向に少女が襲って来ない。
妙に思い、うっすらと瞼を開けると、
「!?」
「ぐぅ……うぅっ、うっ……バカなっ……あでぃ、えなぃ」
意味がわからなかった。
つい三秒前まで僕を見下し嘲笑っていた少女が、ドバドバと体から炎のような鮮血を流していたのだ。
「腕が……ない」
恐怖に身震いする体から、喉の奥から漏れた自分自身の声音に『ハッ!?』と気がつく。
少女の右腕が失われていることに。
まるで間欠泉を堀当てたかのように、少女の二の腕辺りから真っ赤なそれがビタビタと大地に血溜まりを作っていく。
「わ、わだじぃの……うでがぁぁああああああああああああ――!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった相好で、少女はその場に座り込み、失われた腕から止め処なく溢れ出る血を止めようと必死になっている。
そのすぐ近くには、先程まで少女が握りしめていた赤き刃を持つ――神器が転がっていた。
僕は何が起こったのか理解が追いつかず、ただ愕然と少女を見やる。
そんな僕の視界を、今度は真っ白なワンピースに黒い髪を靡かせた勇者様が横切る。
勇者様は透かさず少女の神器――レーヴァテインを拾い上げていた。それを手に執り、チラッとこちらへ視線を流した勇者様が、確かめるように剣を振り、言う。
「なんだかよくわからないけど……出来したわよ、アーサー」
勇者様が僕を褒めてくれるけど、まさか……少女の腕を斬り落としたのは僕なのか。
瞼を閉ざしていたからわからない。
一体あの一瞬の間に何が起こったというのだろう。
「ぎざぁまぁあああああっ――! ごろずっ、ぜっだぁいに……ぎざぁまだけはっ、わだじぃが……ごのででぇぶちぃごろずっっ!!」
痛みと怒りで我を忘れた少女はまるで別人のようであり、涎を撒き散らしながら獣の如く吠えている。
余りの迫力と凄まじさに、僕の体は呪いがかけられてしまったかのように指一本動かない。
恐怖で筋肉が硬直していくのがわかる。
「残念ね、あんたはもうおしまいよ。ここであたしが止めを刺してあげるわ」
「だぁまぁでぇええええええええ――!」
手にした赤き剣先を少女へ突きつける勇者様に対し、彼女はその表情に憎悪を刻みつけ、さらに吠えた。
「がぇぜぇっ……わだじぃの、レーヴァテインをがえぜぇっっ――!!」
「嫌よ。炎を生み出す剣なんて炎帝のあたしにこそ相応しい魔剣だわ。あんたでは宝の持ち腐れよ」
「ふっざげぇるなァッ!」
この剣はもうあたしの物だと勝ち誇ったように微笑んだ勇者様に、少女は天を仰ぎ、三度叫んだ。
「れでぃおずぅぅううううううっ――!」
少女が天に向かって咆哮を上げると、上空を旋回していた赤龍が下降してくる。その風圧で周囲の炎が霧散していく。
燃えさかる村へドスンッと降り立ったドラゴンの頭部には、胡座をかく髭面の男の姿が見受けられる。
そいつは右腕を失った少女を一瞥するや否や、『愉快、愉快』と膝を叩きながら、手に巻きつけたひょうたん水筒を傾けた。
「んっ……クパァッー! 堪んねぇなっ! にしても……勇者バリエナともあろう者がその有り様かよ。口ほどにもねぇとはお前のことを言うのかもな」
真っ赤な制服らしき衣服に袖を通す男の外見から察して、どこかの騎士団に属する方なのでしょうか。
しかし、騎士団ならば得物の一つも腰に提げてると思われるのですが、男にはそれらしき物が見当たりません。
「うるざぃ……ずごじぃ、ゆだんじだぁ……だけぇ」
「油断ねぇ~、油断して腕を落としてりゃ世話ねぇわなっ」
仲間だと思われた二人だが、少しばかし様子が変です。男は一向にバリエナと呼ばれた少女を助ける素振りを見せない。それどころか呆れたと首を振り、『ゴミ』を見るような眼を向けている。
「で、今回のところは引くのか?」
「みだらわがるでじょっ! ぢりょうが、ゆうぜぇんよ」
「あいよ。まっ、しゃーねぇな」
ドラゴンの頭部で立ち上がった男に対し、勇者様は警戒するようにバリエナと男を交互に見ていた。そんな勇者様に、男は「へへっ」と半笑いを浮かべながら掌を突き出した。
「まぁ~そう慌てなさんな。聞いた通り、こちらにはもう争う意思はねぇ。ここは痛み分けっつーことにならねぇかな? お嬢さん」
「ならないわよ!」
「そうかい、そうかい。なら仕方ねぇ」
そう言った男の目付きが鋭さを増す。空の支配者、鷹のような眼光が勇者様に向けられると、男は徐に衣服を手で払いのけ、そこから何かを取り出した。
それを透かさずバリエナに投げつけると、太陽のような輝きが辺りに放たれ、彼女の姿が消えていく。跳ね返ったそれを受け取った男が愉快そうに肩を揺らす。
「モンスター……ポール?」
「なんでっ……こいつまで持ってんのよ!」
一向に状況が飲み込めない僕たちを見下ろし、男が「がっはははは」と高笑いをあげる。
「驚いたか? いやー俺たちの世界ではこいつは常識なんだがな、文明が発達してねぇド田舎の世界の連中はみんな、鳩が豆鉄砲を食ったような面になんだよな……って、あれ? そこまで驚いてねぇな?」
「あんた……ミサイル団ね」
忌々しいと短い舌打ちを打った勇者様の問いかけに、男は顎髭を一撫でしてコクリと頷いた。
「なるほどな。既に連中と会っていたか。通りでこいつを見ても驚かねぇわけだ。合点がいった。でもよっ、この俺をあんな鈍臭い連中と一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
にやけ面を浮かべる男は得意気に笑いながら話を続ける。
「俺は円卓団。お笑い集団とは一味も二味も違う……エリートさ」
「円卓団?」
また変なのが現れたと、面白くなさそうな顔を見せる勇者様。
「まっ、今日のところは一旦引くとして、次に会ったときはお前さんら……殺すぜ。へへ」
「逃がすわけないでしょ!」
レーヴァテインを振りかぶりながら男の元へ駆け出した勇者様だが、猛烈な突風が行く手を阻む。赤龍が息つく間もなく翼をはためかせたのだ。
「まっ、決着はまた今度、つーことで、アディオス!」
「くそっ!」
男は巧みにドラゴンを操り、遥か上空へ飛び去っていく。太陽を睨みつけた勇者様が地面を蹴りつけると、ふっと全身から力が抜け落ちたように、その場で膝を突かれた。
「勇者様っ!」
「問題ないわ。少し……疲れただけよ」
僕は不安に思って勇者様の生命力を確認したが、問題はなさそうだった。
「勇者様は少し座って休まれていてください」
「あんたは?」
「僕は生存者を確認します」
「……わかったわ」
僕は焼け落ちた村を駆け回り、生存者の救出に全力を費やした。
半数以上は火傷や斬られたことによりお亡くなりになられていましたが、全滅していなかったことがせめてもの救いです。
セルティーさんを救う手立てを見つけたとしても、目覚めた彼女が村は全滅していたと知らされれば……かける言葉もありませんからね。




