第13話 視界に広がる光景
「……」
「………」
非常に気まずい時間だけが流れていく。
適当な安宿を借りた僕は、モンスターポールから勇者様を喚び出してベッドへ寝かせ、脇に置いてあった椅子に腰をかけたのですが、後頭部辺りに棘のような視線が突き刺さります。
セルティーさんに「座られたらどうですか」と声をかけたのだが、「私に構うな」と軽くあしらわれてしまう。
その彼女は……現在扉に凭れかかってこちらを監視している。
きっと僕たちが逃げないように見張っているのだろう。
「う~ん」
「勇者様!」
「んんっ……ここはぁ?」
「はい、勇者様はまた例の光の壁に激突されてしまったようで、気を失われていたので町の宿へお運び致しました」
ぼんやりとした目元を擦る勇者様がゆっくりと上体を起こされた直後、『ハッ』と息を呑んでセルティーさんを睨みつけ、続いてすぐにその眼が僕へ向けられる。
「ちょっと、何であのエルフがここにいるのよ!」
「当然だ! 大罪人である貴様を追ってわざわざこのような辺境の地まで追いかけてきたのだ。さぁ、聖剣エクスカリバーを返せっ!」
険悪なムードに包まれていく室内で、無言のまま睨み合う二人は龍と虎のようであり、二人の間には見えるはずのない火花が飛び交っている。
「このエクスカリバーは少し借りていただけだけど……。そうね、そんなに返してほしいんならあんたに返すわよ、ほら」
「あっ、貴様っ!? 聖剣を雑に扱うなっ!」
一悶着あるものと覚悟していた僕だったが、勇者様はあっさりと聖剣をセルティーさんへと投げ渡した。
というのも……。
「なっ、なななな、なんだこれはっっ――!?」
あぁ……やっぱりそうなるよね。
勇者様は改心なさって聖剣を返したのではなく、単純に粗大ゴミになってしまったから手放したのだ。
セルティーさんは聖剣が真っ二つにへし折れてしまったことを知り、激昂しながら腰を抜かしている。余程ショックだったのだろう。
「き、貴様……聖剣を折ったのかっ!」
「あたしじゃないわよ。折ったのはこいつ」
「え……えぇぇえええええええええっ――!?」
酷い、酷すぎる!
勇者様はご自分で聖剣をへし折った癖に、それを平然と悪びれることなく、僕のせいだと責任を擦りつけてきた。
僕は当然『違います』と全力でセルティーさんへ首を振るが、噴火寸前の火山の如くガタガタと震える彼女には、もう何を言っても通じないだろうと思われる。
「ゆゆ、勇者様! 虚偽は立派な犯罪ですっ!」
「あたし嘘なんてついてないわよ。実際にあれをへし折ったのはあんたじゃない」
落ち着き払った声音で何をさらりと言っているんです、このお方はっ。
確かにあれは勇者様が僕を殺そうとして襲いかかった時に折れちゃいましたけど、それを僕のせいにするには無理がありますよ。
それに、だっ!
「勇者様、念のために確認致しますが、あれ……聖剣エクスカリバーを耳長族さんたちの里から盗んだというのは本当ですか?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ。世界を救うためにちょっと借りてただけじゃない」
「だ、黙って借りたんですか?」
「……ちゃんと置き手紙は書いていたはずよ」
「置き手紙というのは……これのことかっ!」
立ち上がったセルティーさんが床に紙切れを投げつけた。僕は「拝見させて頂きます」と声をかけ、それを確認する。
『借りるわよ by勇者』
こ、これだけ?
こんなの盗んだと思われても仕方ないですよ。
「どうしてくれるつもりだっ、アーサー!」
「えっ!? な、なんで僕なんですか!」
「お前がそいつのマスターなんだろっ!」
「そうね、それは悔しいけど事実よ」
「こ、こんな時だけ何言ってるんですかっ!」
「なにがよ? いつも『ポッケモンマスターたる僕が勇者様を立派に教育します』ってあんたが言ってることじゃない」
いや……それはそうですけど。確かに言いましたけど。でも、あんまりじゃないですか。
「一億ギルだっ!」
「いいい、一億ぅっっ――!?」
「弁償してもらうぞ、アーサー・ペンドラゴンッ!」
は、払えるわけないじゃないですか。
ただでさえ国に納税の件で借金取り(勇者様)がやって来ているのに、その上一億ギルだなんて……どう逆らっても無理ですよ。
「ちなみに、払えなければ……どうなるのでしょうか」
「そんなもの、当然牢獄行きだ」
「き、期日は……」
「今すぐだっ!」
「そ、そんなのどんな人でも無理ですよ!」
「そうか、なら……罪人を連行するまでだ!」
昂ったセルティーさんがドスンッとこちらへ一歩前進してくる。
非常に不味いです。
捕まれば無実の罪で投獄されてしまいます。何としても誤解を解かないと。
「って、勇者様っ!?」
突然、勇者様が僕の腕を掴んで窓から飛び出した。
「逃がすかっ――!」
そのあとを追ってセルティーさんも飛び出してくる。
「なんで逃げるんですか!?」
「あんたバカね。一億なんて常識的に考えて払えるわけないじゃない。それにあんたが捕まったら、あんたの半径百メートルまでしか移動できないあたしはどうなるのよ!」
「だからって逃げてしまえば罪を認めたことになってしまいますよ。盗んでいない、借りただけだと謝るんですよ」
「バカッ! もう聖剣は折れちゃってるのよ、今更謝ってどうにかなるものでもないでしょ!」
勇者様は僕を引きずりながら町中を駆け回る。人混みをすり抜け、狭い路地に入り、巧みに壁を蹴って方向転換を繰り返す。
しかし、常人では決して追いつけない速度で移動してるにも関わらず。セルティーさんを振り切れない。
「チッ、相変わらず鬱陶しいやつね」
「敏捷力だけなら貴様にだって負けぬぞ、勇者っ!」
「くそ、なんで行き止まりなのよっ!」
「ふははははっ――此処までのようだな、勇者、アーサー!」
追い詰められた僕たちにはもう逃げ場はない。
……いや、違う。
逃げたって何もかわらない。逃げたとことで何も解決しない。
僕にできることは誠心誠意謝罪することなんだ。
「ちょっ、何考えてんのよあんたっ!?」
「僕はにげませんっ!」
勇者様の手を振り払い、僕はセルティーさんへと歩み寄り、対峙する。
「殊勝な心掛けだな、アーサー!」
「セルティーさん、その……話を聞いてもらえないでしょうか?」
「断るっ! 貴様ら盗人の話など聞く必要はない! ……これよりエルフの里へ転移する。お前はそこで裁かれるのだ、アーサー」
たとえどのような運命が待ち受けていたとしても、僕は逃げない。僕は何もしていないんだから……逃げる必要などないのです。
セルティーさんがダメでも、エルフの長老さんにお会いし、心から謝罪すればわかってもらえるはず。
「太古より続くエルタビアスの楽園よ、我が声届いたならばその道を示されよ――我が願いを聞き届けよ。座標は遥か西……我らがエルフの里――エルタビアス!」
セルティーさんが呪文詠唱を終えると、燐光の輝きが足下に広がっていく。それが次第に僕と勇者様を包み込むと、エルフ文字が周囲に浮かび上がった。
「あんたのせいであたしまで巻き込まれてるじゃないっ、どうしてくれんのよ!」
「それはこっちの台詞ですよ! 全部勇者様のずぼらな性格が招いた事態じゃないですかっ!」
光に包み込まれていく中、勇者様が僕の肩を掴んで逆ギレしてくる。余りの理不尽さに僕の我慢も遂に限界を迎える。
醜い言い争い、罵詈雑言が飛び交う中、周囲の景色が変化していくと、
「なっ、なんだ……これは!?」
時ならず時にセルティーさんの腫れ物に触れたようなあっと叫ぶ声が、僕と勇者様をすり抜けていく。
「ん?」
「どうしたのよ?」
そこでようやく言い争いをやめた僕たちがセルティーさんの方へ体を向けると、彼女は愕然とその場に膝から崩れ落ちていた。まるで幽霊でも見たかの如く目を見開き、開いた口を塞ぐことすら忘れるセルティーさんに気を取られていた僕だったが、程なく……肌を焼きつけるほどの熱風が吹き荒ぶ。
「熱っ!?」
それと同時に舞い上がった火の粉が視界を横切った。
「なんだ……これ?」
セルティーさんの転移魔法でエルフの里にやって来た僕の視界が捉えたのは、燃えさかる炎に包まれた森だった。




