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第10話 魔法の料理

「勇者様……」

「触らないでっ!」


 なんとか無事に飛翔して村へ帰って来たのだが、村へ着くや否や勇者様が『丸くなる』を発動されてしまった。


 いや、これはどう考えても僕が悪いです。

 お年頃の勇者様のパンツを剥ぎ取り、脚に引っかけてしまったのだから。


 しかも村へ降り立つ時に、村人全員にパンツを脚に引っかけたお姿を見られてしまったばかりか……技の影響だったのでしょう。


 着地を知らせる『コケコッコーッ』という間抜けな鳴き声を村中に轟かせてしまった。


 勇者様は誇り高き勇者様であると同時に、淑女として育てられた公爵令嬢様でもあります。

 そのような高貴なお方が、あのようなあられもない姿を大衆の面前で披露してしまえば……そりゃー塞ぎ込みたくもなりますよね。


「勇者様は大丈夫だかぁ?」

「奇妙なキノコでも拾い食ったんじゃねーだか?」

「しかしおったまげただよ。アーサー様が真っ赤な夕暮れの中、鶏の物真似をする勇者様の脚にぶら下がって戻って来るんだもんな」


 円形状に勇者様を取り囲んだ村人たちがコソコソと話をしている。

 勇者様は一部始終を聞いていたのだろ。また赤面してはうるうると瞳を滲ませていた。


「あの……勇者様?」


 もう一度声をかけると、ギッと呪い殺すような目で睨みつけてくる。

 それからすぐに立ち上がり、美しい透明な空と同じ黒い髪をサッと手で払いのけ、


「あああ、あたし程の勇者になったら……物真似をすることで自在に空も飛べるのよっ!」


 と、決然と『威張り散らす』を発動された勇者様だったが、スルッとゴムの緩んだパンツが足首までずり落ちた。


「あっ……」


 僕も、村人たちの視線もそれに釘付けとなってしまう。

 勇者様は噴気なさり、頭部から白い煙が立ち上る。

 再び僕にガンを飛ばす勇者様が、「なによこんなのっ」と足首に引っかかったパンツを僕へ蹴り飛ばす。


「痛っ!」


 ペチッと勇者様の可愛らしいパンツが僕の顔面にクリティカルヒットしてしまい、ドスドスといきり立つ勇者様が「退きなさいっ、見世物じゃないのよ!」と、立ち去ってしまわれた。


「お待ちください、勇者様!」


 追いかけると、壮絶な縄張り争いを繰り広げるお猿さんのように、憤慨する勇者様が威嚇してくる。


 それから屋敷へ戻り、僕のベッドで毛布を頭から被った勇者様が『丸くなる』を発動しておられる。


 それを扉の隙間から確認した僕は、少しでも気分を良くしてもらおうとお風呂を掃除して、浴槽に湯を張った。


「ふぅー、お風呂に浸かれば勇者様の沈んだ気分もリフレッシュされるだろう」


 何よりあれだけバサッバサッと動いたのだから、勇者様も相当汗をかかれたはず。ベトついた肌ではイライラしてしまうのも無理はない。


「勇者様……?」

「なによっ!」

「あの……その、お風呂を沸かしましたので宜しければお先に……」


 声をかけると勇者様が徐にベッドから立ち上がった。すれ違い様に『キィッー』と奇声をあげて威嚇してくる勇者様に、僕は苦笑いを浮かべることが精一杯。


「お風呂から上がり次第、すぐにお食事のご用意をさせて頂きますね」

「不味かったら殺すわよっ!」


 ポッケモンがポッケモンマスターの僕を殺せないというルールを、勇者様は完全に忘れているのでしょうね。



 けれど、湯上がりの勇者様はとても艶っぽくて美しい。濡れそぼる神秘的な黒髪がさらに勇者様の美しさを一層際立たせています。


「……あんた意外と料理上手いのね」

「はい!」


 どうやら僕の手料理はお口に合ったようだ。

 亡くなった母から教わったオムライス、これだけは自信があったのです。


「お米を炊くときにコンソメで味付けをするのがポイントなんですよ!」

「へぇー、そういえば……あんたずっとここで一人なの?」

「父が他界してからはそうですね」

「そう……あんたも色々と大変なのね」


 そう呟かれて、勇者様は黙々と料理に舌鼓を打っていた。


「今日のところはあんたの母のオムライスに免じて許してあげるわ。心の広い勇者に感謝するのね」

「はい! 本当に申し訳ないと思っております」

「明日からはまた、ポッケモンセンターを探す旅をするんだから、あんたもしっかり休息を取ること……いいわね」

「はい!」


 ということで、僕たちは二人仲良くベッドで眠りに就くことにした。


「って、ちょっと待ちなさいよ! なんであんたが堂々とあたしのベッドに入ってんのよっ」

「いやだなー、これは僕のベッドですよ、勇者様」

「いや、そうだけど……ってそうじゃないわよ! 別のベッドを使いなさいって言ってんの」

「残念ながら我が家にはベッドは一つしかありません」


 と、いうのも。

 我が家の家具の大半は亡くなった父が売り飛ばしてしまっていた。

 そうしないと生活できないほど我が家の家計は苦しかった。なんせ国にお金を納められないほどですから。


 父が亡くなり、いらなくなった父のベッドも僕が既に売り払っている。


「つまり、この屋敷にベッドは一つだけなんです」

「……どんだけ貧乏なのよっ」

「ということでおやすみなさいです、勇者様」

「ということでじゃないわよ! あんたは床で寝なさい!」

「しっかり休息を取れと仰ったのは勇者様ではありませんか。床ではしっかり休息は取れません」

「……うぅっ。こ、こっちから先には入って来ないでよっ! 絶っ対よ!!」


 勇者様は人のことをなんだと思っているんですかね。

 僕は紳士なのですよ、そのようなハレンチなことをするわけないじゃないですかっ。まったく。


 プンプンと怒って、「ふんっ」と逆を向いて眠りに落ちると、


「痛っ!? 何をするんですかっ」


 眠りに就いた矢先、勇者様の裏拳が僕の鼻柱に当たりました。モンスターポールの加護がなければ鼻が折れているところです。


 さすがに文句を言ってやろうと上体を起こして勇者様を見下ろすと……イビキをかいて寝ています。


「なんて寝相の悪さですっ。本当に公爵令嬢なんですかっ!」


 淑女とは思えない寝相の悪さに、僕は一晩中魘されることとなる。



 翌朝――「よく寝たわ」と清々しい表情の勇者様とは異なり、僕の目の下には酷い隈ができていたことは……云うまでもありませんね。

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