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魔法の砂山

投稿予約が上手くいってなかったようで、急遽アップしました。

 高野1193年11月28日

 帝国政府が来年度の国家予算の発表と増税を発表した。

 大型公共事業の中止、現8%から15%への大幅増税、赤字国債10兆円の発行、健康保険料の実費負担増など、国民や生活を直撃し、企業の収益減を招いた。

 光矢市も帝国に属しているため当然その影響を受ける。

「まずいことになったな」

 俺は突貫工事でようやく完成した本社ビルの最上階で、眼下に広がる町を見ながら嘆息した。TV報道を観て30万人ほどから移住したいと申請があり、20万戸用意した市営住宅は抽選となったほどだが、この帝国政府の決定でまた希望者が増えそうである。

「建てても建てても追いつきませんな」

 工事部長の紗波璃も困り顔だ。人口増加は望むところなのだが、急激な伸びに町の開発が追い付かない。

「何が一番足りない」

「砂ですかな」

 俺の問いかけに、紗波璃が求めたものは砂だった。昨年の夏にセメント工場を戸覇威山脈の石灰岩ベルトに作り、輸出もせずに街づくりのために倉庫に保管していたので、余裕があるのだが、それに混ぜ合わせる砂が足りないというのである。

 トンネルが開通したので、佐宇地砂漠からトラック輸送するという手もあるが、時間もコストもかかりすぎる。海岸の砂は塩分を含んでいるので向かない。

「工事用の砂置き場は何処にある」

「この印がついた4か所です」

 俺は南部に2か所、東西に一か所に設置された砂置き場の場所を確認した。

「わかった。俺が明日の朝までに責任もって満タンにしておく」

「サッカースタジアムの方は、大枠はだいたい完成しましたが、芝の根付きが悪いようです」

「そうか、視察に行ってくる」

 俺は紗波璃にそう言うと、市内の建築状況を確かめに回ることにした。

 光矢市は道路が整備されているため、建物の建っていない空き地が悪目立ちする。建設予定地の看板が立ち、ここに何が建つのか分かっているのだが工事が着手されていない現場も多い。スタジアムなど目玉になる建物を優先してしまった代償である。

 俺は戸覇威山脈からまるでステージの様に、海抜40mのところに平らに張り出した長方形の台地の上にサッカースタジアムを建設していた。台地の上は広く南北に8km、東西に4kmもあり、サッカースタジアムは台地の西の端に、北と南がゴール裏、メインスタンドから海が臨めるロケーションで建設が進んでいる。

「ここに空港を作った方がいいだろうな」

 俺は海を眺めながら0から、約1年で人口40万になった我が町を俯瞰した。


 その日の深夜、俺とユキは市異次元空間に吸い込んで内の砂置き場にやってきた。

「ここに砂をだせばいいのね」

「うん、頼む」

 ユキは空間に吸い込んであった、佐宇地砂漠の砂を放出した。砂置き場の許容を軽くオーバーして、壁の高さを超えて辺り一帯を砂だらけにした。

「これが、あと幾つあるの」

「三つだ」

「余裕ね。南十キロも砂を吸い込んだから、まだ吐き出し足らないわ」

 俺はそうだろうなと思いつつ、ユキを『ハリー』に乗せて、残りの三つも山盛りにしておいた。

「昨日、帰るときは少ししか残ってなかったのにどいうことだ」

 どこの砂置き場からも同様の声が上がったようだが、上から社長が手配してくれたと伝わる「まあ、社長がやることだからな」と納得してくれたようだ。

 その報告を聞いた俺は、苦笑するしかなかった。

「今夜もやるの」

「そうだ」

 俺とユキが砂置き場に行くと、昨夜あれだけ用意した砂がほとんど消費されていた。

「けっこう無くなってるわね」

 ユキは昨日よりちょっと盛って砂を足した。

 これを5日ほど続けたところ、光矢市の砂置き場は使っても使っても減らない魔法の砂山だと評判が立つようになってしまった。

 建築資材がショートしなくなり、都市建設は加速度的に進み始めた。そして大きな契約により開発は飛躍的に進むことになった。

 帝国が打ち切った公共事業により鉄道建設が宙に浮いた株式会社帝国車両が、鉄道の無い西島での鉄道会社の設立を持ちかけてきたのである。鉄道を導入する前提で都市開発をしていた光矢市にとっては渡りに舟の話である。

俺が一番腐心していた鉄道インフラに関しても、島間鉄道の敷設工事が国家財政の悪化で延期になって大幅な営業赤字となり安価で売り込んで来た。人材と技術も同時に確保できて一石二鳥である。

俺は光矢から舞網の南ルートと、北関を経由して荒比谷までの北西ルートの敷設工事という大事業を受注した。帝国車両も思っていた以上の事業規模にホクホクであった。

 それだけでは無く、潤沢な光矢石油の資本で開発が行われている光矢市に進出するのは稼ぎどころと、大型施設の建設が得意なデベロッパー、マンション建設が得意な建設会社、戸建てが得意な住宅販売会社、建て棟の賃貸物件が売りの業者などが、こぞって参入してきたのである。人材と機材両面が整えられて上物造りは一気に活況化した。

 上物は何とかなりそうになったが問題は人材である。組織は建物ではなく、人が集まってできるものだ。急速に拡大した会社と町は、セキュリティチェックが間に合わなかったが、俺は敢えて目をつぶった。組織に合わないものはやがて去っていくものだ。


 戸覇威山脈の東側もユキが西側の沢から山脈をくり抜く水道を掘って、水が流れるようにしたので人が住める環境となった。練兵場も完成して、各部隊が交代で演習に励んでいる。

 山脈に雨雲が遮られ降水量の少ない乾燥したトンネルの南側の斜面はトマトや柑橘類の栽培に適していそうなので、農家の入植も募集している。

 ユキのサーチによるとトンネルの北側の練兵場より10kmほどの山脈の中には、金の鉱脈まであるらしい。厳しい環境のために人が寄り付かなかった戸覇威山脈の東と佐宇地砂漠は正に宝庫だった。

 ユキと作った偽遺跡も学者達から注目の場所となり、調査団を派遣したいという申請がひっきりなしにあり、観光地になりそうな雰囲気なので、もう少し東側の整備が進んだらホテルでも建てようかと考えている。

 これだけ急激な発展をしたのである。いつかは来ると思っていたが皇族の視察が入った。来るのは呑海だ。

荒比谷から西都御所に入り、車で光矢まで北上してくる。セキュリティの事を考えて光矢には止まらずに、日帰りで西都御所に戻るというスケジュールだ。

 朝早く出発するということだったので、9時には到着するだろう。

「社長、西崎を通過したようです」

 視察の接待を任された阿不打比が報告にやってきた。

「分かった。1階のロビーまで出迎えに向かおう」

 俺はユキを伴って呑海に失礼が無いように、少し早いが出迎えの準備することにした。本社の入り口には歓迎のプラカードや花などが用意されて、いつもとは違い華やいだ感じにはなっている。

「来たか」

 20分ほど待っていると、防弾仕様の高級車が本社の前の道路に横づけされた。

 SPにドアを開けてもらい、呑海が車から降りて来る。

「久しぶりでございます。呑海殿下」

「藤浜で会ったのは3年ほど前であったかな。奥方も息災のようじゃな」

「もったいないお言葉にございます」

 ユキも社長夫人が板についてきた。本島の社交界にデビューしても、見劣りしない教養が身に着いてきいる。

「どうぞこちらへ」

 俺はまず、本社最上階の360度ガラス張りの展望室から光矢市の全景を見てもらうことにしていた。呑海はSPに前後左右を守られてエレベーターに乗り込んだ。

 最上階に到着すると阿不打比が呑海に恭しく一礼をして窓際にいざなった。

「一代でここまで大きな町を作り上げるとは凄い才能だな」

「運よく油田を発見することが出来ただけです」

「油田といい、古代遺跡のトンネルといい、この地に元々あると知っていたのではないか」

「滅相もございません。いったいどんな手を使えばそんな事ができるのでしょう」

 全部がユキのおかげだがそんなことは漏らすわけにはいかない。

「しかし、随分と兄に嫌われたようだが大丈夫なのか」

「私設の軍を組織しましたので、最悪の場合は時間を稼いで母国に逃亡いたします」

 俺は中韓大国の民ではないが帝国の民でもない。チップの干渉を受けないので、空海によって殺さる心配はまずない。

「私設の軍隊とは、もしかして林殿はこの町を帝国から独立させるつもりか」

 俺は鋭い所を突いてくる呑海は空海より侮れないと感じた。

「まさか、そんな事ができるはずがございません」

「私は帝国の国家予算に匹敵する財を持っていれば可能だと思うがな」

 呑海の言葉にはどこか羨望の念がこもっていた。

 俺は、呑海も自分なりの国づくりを胸に描いていたのかもしれないと思った。

「都市づくりは国づくりに繋がる物を感じさせることがあります」

 心情を露わにした呑海に対して、俺も本音を投げかけてみた。

「そうだな、この光景を見ているとそう思う」

 俺は呑海とはうまくやれそうな気がしたが、これから先どう帝国との事態が進むかは予想不可能だ。

「では、殿下。これよりまだ建設途中の物もございますが、町を案内させていただきます」

 間を読んで阿不打比が声を掛け、一同はエレベーターへと向かった。

 社用車は慈仁居をドライバーに、助手席に阿不打比、後部座席に俺とユキが座ってまずトンネルを抜けて、かつて古代文明があったとでっち上げた謎の遺跡まで行った。

「確かに、この戸覇威山脈の固い岩盤をくり抜くのは今の技術を持ってしても、かなりの年数を要する大工事になる。謎の古代文明の力なのであろうな」

 呑海が遺跡を見上げ感動したように言うのを見て、ユキがドヤ顔をしていたがその意味に気付くことはないだろう。

 次にサッカースタジアムと空港の建設現場を回り、光矢海浜公園に向かった。

「これが、マリナーズの本拠地となるスタジアムか」

 呑海は屋根付きのスタジアムの中に入り、感慨深くグランドや客席を見回した。

「雨の日でも野球が楽しめるように設計いたしました」

「東都には海が無いので、隣接する海浜公園の景観も新鮮だ」

「殿下。海が良く見えるレストランを予約してありますので、そろそろ昼食にいたしましょう」

 感動しきりの呑海に、食べる事には目のないユキが声を掛けた。

 西崎の漁港から新鮮な魚が入ってくるので、魚料理ならば他の町にも引けを取らない。レストランの味付けも中韓大国出身ということになっているのでそっち寄りである。

「新興都市とは思えないほど、食事が美味いな」

 呑海はSPが見守る中、白身魚の酒蒸しに舌鼓を打っている。窓の外の海には大型のタンカーや客船がゆったりと行き交っている。

「今日は随分食が細いな」

 呑海は上品に食事ができるようになったユキに突然声を掛けた。

「子供を産んで体質が変わったのでございます」

 ユキは用意していた答を呑海に返した。

「ほお、子供が生まれたのか」

「はい、三つ子の女の子で三歳になります。もう少し大きかったら殿下にもご挨拶できましたのに残念ですわ」

「殿下、食事も済みましたので、最後に油田にご案内いたします」

 呑海は社名ともなっている石油の出る油田こそがこの町の心臓部なのだと気持ちを切り替えた。

「そうだな。油田を見ずには帰れないな」


 海底油田のプラントに着いた呑海は絶句した。荒比谷の油田も視察したことがあるが、それに全く劣らない活気と産出量で質が滑らかな感じを受けたからである。品質は確実に荒比谷よりも上であろう。

 呑海は、荒比谷の油田におんぶにだっこで政治的努力を怠ってきた帝国が、大きな政策転換を迫られているのは肌で感じた。

「大丈夫ですか、殿下」

 声を掛けられた呑海は、光矢石油という会社に、林胡南という男に畏怖した。

 そして、将来必ず帝国は存亡を賭けてこの男と戦うことになるだろうと確信した。

「とても有意義な視察になりました」

 それは呑海の本心だった。

「それは良かったです」

 呑海はそう言って何処か遠くを見つめる林胡南の目は何を見据えているのだろうと思わずにはいられなかった。


アップが不定期になってすいませんでした。

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