皇太子の困惑
主人公を取り巻く人物がちらほら登場し始めます。
「ターゲットの雑誌記者の生命反応が消えました」
緑色に点滅していたライフチップが光を失い黒くなった。
「おおっ」
東寺重工の兵器開発部の研究室に歓声が響いた。
「実験は成功です」
主任開発長の新藤俊介はほっと安堵の息を吐いた。
TW666XYZは西島の佐宇地砂漠に墜落した飛来物体の中から発見した水球外生命体を、東寺重工が実験を繰り返して開発した軍事兵器である。
「100キロの距離からも遠隔操作が可能とは脅威ですな」
新藤俊介は感慨深く高野空海に言上した。
高野空海は皇族であることの証であるダブル0のライフチップナンバーを持つ、神聖高野帝国の第一皇太子である。何島出身などのコード表示はなく、ただ001の数字だけである。皇位継承者は9人しかいない。
「よし、撤収させろ」
空海が新藤に命令した。
「わかりました。藤浜の東寺重工のオフィスに向かわせます」
海岸線から100キロほど内陸にある東都への玄関港である藤浜は、神聖高野帝国で3番目に大きな町である。本島にはかつての首都であった旧都、中南部の貿易港の名護、中北部の貿易港である金川、西部の貿易港の大堺など人口100万人を超える都市がある。
「反応しないとはどういうことだ」
パソコンから命令を発信したが、TW666XYZのライフチップは紫色に点滅しているが動かない。想定外の出来事に新藤は苛立って叫んだ。
「至急、近くの東密のエージェントを向かわせろ」
東寺重工は国の警察機構とは別に会社が『東密』という、エージェント組織を抱えている。
「どういうこだ」
「エージェントが現場に到着してみないことには何とも」
空海の問に新藤は、TW666XYZが暴走するという最悪の事態にならないことを祈って答えた。
不安を抱えて待っている時間は長い。実際には10分もかからず連絡が入ったことを考えると、東密は手練れのメンバーで構成されている。
「エージェントの桜井です。新藤所長、ライフチップと制御装置、男の死体が室内に残されていましたが、TW666XYZが見当たりません」
「なんだと」
TW666XYZが停止状態になっていたとしても、回収して調整すればよいと思っていた新藤はしばらく言葉を失った。その間に桜井からの報告が入った。
「それと、建物のポイントは合っているのですが、ターゲットは住んでいた部屋ではない部屋で死んでいます」
「誤作動か不測の事態か」
動揺している新藤に対して、空海が現実を見据えて尋ねた。
「マインドコントロールはいつまでもつのだ」
空海の問に新藤は恐る恐る答えた。
「正確には解答できませんが約2週間程かと」
水球外生命体のマインドコントロールに成功してから、意識を取り戻す前に繰り返し実験結果から想定した最短の日数である。それよりも前にマインドコントロールが解けることはない。
「新藤所長、TW666XYZのライフチップのあった部屋の住人について裏が取れました」
桜井から再度連絡が入った。
「どんな奴だ」
「それが、帝国の者では無いのは確かなのですが、詳細は全く不明です。部屋に残っている衣類から身長は180から190センチ程と思われます」
帝国男子の平均身長は185センチなので、極めて平凡な背丈であり体格での特定は難しい。
「他に何か手がかりになるものは無いのか」
新藤が藁にもすがる思いで聞き返した。
「身分証などを一切残さずに消えていることから、他国のエージェントと思われます」
新藤は青い顔をして絶句した。空海は怒りで赤くなり、怒気を込めて叫んだ。
「探せ。何としても探しだすんだ」
高野空海は焦燥感と怒りに身を包まれていた。この失態がもし皇帝に知られることになれば、第一継承者ではあるが、国民に人気のある第二皇太子である002高野吞海が次期皇帝に指名されるかもしれない。皇帝は今の時点では後継者を誰にするか明言していない。
1ヶ月後に戴冠式が予定されているが、TW666XYZを確保できず暴走を許せばそれどころではない。国にとって未曾有の疫災になるに違いない。
「新藤所長、何処へ向かったのかは不明ですが。TW666XYZは単体で行動しているのではなく、男と一緒にマンションを出たという目撃情報を得ました」
混乱の渦となった研究所に桜井からの調査結果が入った。
冷静さを取り戻した新藤は疑問を口にした。
「他国のエージェントが初期化したとは考えられないでしょうか」
空海は短く吐き捨てた。
「馬鹿な、ありえない」
皇帝である高野天海にも秘密裏に、自分が皇帝になったら遺伝子を与えて初期化して最強の盾とするつもりだった。大和人のDNAを濃く伝える皇族の血を、TW666XYZの体内にインプラントしなければロックを解除してユーザーとなることはできない。つまり、他国のエージェントが扱える物ではない。父の天海が唯一可能だが、ほんの数十分まえに東都の皇宮であったばかりで、藤浜まで移動できるわけがない。
「TW666XYZが任務を遂行してからまだ15分だ。藤浜のマンションから10キロ圏内の外国人のライフチップを全て表示させろ」
新藤は声を張り上げ、研究員達が急いで自分のパソコンの操作を開始した。
大きなモニターに藤浜の市街図が表示され、国民の緑のチップ、外国人の赤いチップがその上に展開している。
所員が次々と赤いチップをロックオンして、ナンバーを検索して人物を特定していく。データが集積きたので新藤は次の指示を出した。
「性別は男性、身長180センチから190センチを対象として絞り込め」
ピックアップした対象のリストが完成すると、新藤はプリントアウトして空海と一緒に目を通した。
「怪しいのはアメリゴ合衆国のアンソニー・ウッド、中韓大国の李豪炎か」
二人は海の向こうの大国のエージェントとして東密にとって要注意人物である男の名を同時に口にした。